本音は「人月型SIビジネスに見切り」だけじゃない─“意外に奥が深い15ページ”が示すもの 「DXレポート2.1」の真意を読み解く(1)
経済産業省が2021年8月31日付で「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」を公表した。これまでのユーザーと受託型ITベンダーの関係を「低位安定」と切って捨てたのは、人月モデルにダメ押しする向きは快哉を送るに違いない。だが、それだけで産業施策になるはずがない。「DX」を推進する複数の政策立案者に“本音”を探ると、現時点では「仮説」ながら、デジタル社会に向けた壮大な産業政策が見えてくる。折しもデジタル庁の発足に続いて、自民党総裁選、総選挙と、向こう2カ月の政治空白が発生している今、DXレポート2.1に込めた真意、政府が示すこの先の展望を確認しておきたい。
デジタル庁発足前日に公表された意図は?
2021年8月31日に公表された「デジタルトランスフォーメーション(DX)レポート2.1(DXレポート2追補版)」は、目次や巻末の「参考文献一覧」を除くと、実質の本文は15ページだ。2018年9月公表の「DXレポート~ITシステム"2025年の崖"克服とDXの本格的な展開~」の初版が56ページ2020年12月公表の「DXレポート2(中間取りまとめ)」が55ページだったので、今回の分量は「たった15ページ」の感がある。だが、補追版(バージョンアップ)と軽く見るのはいかがなものか。意外と奥が深そうなのだ。
DXレポート2では、この先のあるべき姿としての「デジタル産業」を打ち出したものの、ユーザーとベンダーの2軸構造を前提に語られていた。そこで、近未来のデジタル産業とは具体的に何かを探るべく立ち上げた「デジタル産業の創出に向けた研究会」(座長:南山大学教授 青山幹雄氏/2021年5月病没)での議論をまとめたものが今回のDXレポート2.1ということになる。
8月末という公表のタイミングについては、穿った見方をすれば、デジタル庁発足の前日ということが思い当たる。「行政のデジタル化はデジタル庁に任せるが、民間企業のDX推進はこっちだぞ」ということをアピールしたかったのではあるまいか。しかし菅義偉首相が自由民主党総裁選に不出馬を表明したのは、だれしも想定外だった。総裁選のあと総選挙なので、新内閣が発足するまでじっくり政策を練ってほしいところだ。
DXレポート2.1の中身は大きく3項目
DXレポート2.1の本文は、大きく、(1)「ユーザー企業とベンダー企業の現状と変革に向けたジレンマ」、(2)「デジタル産業の姿と企業変革の方向性」、(3)「変革に向けた施策の方向性」の3部で成っている。これまでのユーザーと受託型ITベンダーの関係に見切りをつけるのは(1)で、要旨は以下のようになる。
ユーザー企業のジレンマ:
▽ITをベンダー任せ(丸投げ)にする
▽「ITの素人」が主導するので非論理的で曖昧な要求定義、頻繁な仕様変更が繰り返され、IT対応能力が育たない
▽IT対応能力不足によりITシステムがブラックボックス化し、ベンダーロックインが恒常化する
▽市場の変化や顧客の要求に対応できず価値提供能力が低下する
▽新しい機能を追加してシステムがおかしくなり、責任を追求されるくらいなら現状維持でいい
ベンダー企業のジレンマ:
▽人月単価と多重下請け構造の相乗効果で、利益水準が低下する
▽多くの要員を派遣することが売上げの源泉なので、工学的アプローチのような生産性向上のインセンティブが働かない
▽技術開発と教育のための投資ができなくなる
▽新たな技術が習得できず、システム提案や新規事業に踏み出せない
▽言われたことだけやっていればいい
ITベンダーにおける多重下請構造は要員派遣と相まって偽装請負を常態化し、モラルの低下や曖昧な責任所在につながり、エンジニアの意欲を削ぐ。例えば、発注月額が150万円のところに月額60万円のエンジニアが派遣されたなら、それは「業界ぐるみの詐欺」と言えないこともない。同レポートではさすがにそこまでひどく言っていないが。
にもかかわらず、ユーザーが黙っているのは、その構造に寄りかかっているためだ。ここに相互に依存し合う「低位安定」の構図が出来上がる(図1)。
図1:ユーザーとベンダーが相互に依存し合う「低位安定」の構図(出所:「DXレポート2.1」、一部筆者が補足)
ユーザーとベンダーの2軸構造
1970年から通産省(当時)が一貫して育成・振興に努めてきた国内の情報処理産業は、いまや全国に3万社/100万人/年間売上高20兆円超の巨大産業だ。DXレポート2.1はキャリア官僚の文章なので、表だって「ダメ論」を展開し、頭から否定するわけにはいかない。「低位安定」という表現が精一杯であることは、これまでの経緯を知っている者にとっては理解、忖度できる範疇だろう。
やや内幕モノに類するのだが、2018年9月にDXレポートの初版をリリースした直後、経産省の商務情報政策局では「ITベンダーの自己改革を促す施策」が議論されていた。そこでいうITベンダーとは、受託型SIerないしIT要員派遣サービス事業者を指す。
焦点となったのは、多重下請構造と人月単価方式だった。受託型ITベンダーへのダメ論は出尽くしている。いまさらダメ押しするより改革・改善の道筋を示す方が前向きなのは当然なので、例えばユーザーに「IT丸投げ規制」を課す、契約で許容する下請けレベルを明記するといった案が浮上した。また、ITエンジニアの流動性を高めることで、旧態依然のITベンダーが自然に衰退していく、というシナリオも想定された。
ところが前述したように、既存の受託型ITベンダーにダメ押しをするのは、天に唾するようなことになってしまう。そこで今回、ユーザーとベンダーという2軸構造を、「低位安定=DX競争の敗者」とバッサリ切り捨て、一気に「デジタル産業の育成・振興」に舵を切ったことを明示した。「新しい価値を生むことが期待できない事業者の面倒まで見てられないよ」というわけだ。
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