読売ねつ造--「思い込んで疑わず」筆を曲げる:山下郁雄
トップの写真は、ねつ造の懲戒処分伝える読売新聞
「150年の歴史があるというけど…プロの記者が丁寧に取材するっていうけど、記事をめぐって本気で議論しているらしいけど…読売新聞を信じてもいいですか」。一人の少女がモノローグを続けるのは、今年、創刊150周年を迎えた読売新聞のCMだ。今、同CMのキーワードとなる「プロの記者」「丁寧な取材」「本気の議論」が何とも空しく響く事態に陥っている。記念すべき年に、起きてはならない不祥事が起こってしまったからだ。
起きてはならない不祥事=小林製薬の紅麹サプリ健康被害に関する記事ねつ造の顛末は以下の通り。①4月6日付夕刊で、紅麹原料を使う食品メーカーの社長談話の中に、社長が言っていない文言を記載する②翌4月7日付夕刊で、言っていない二つの発言部分を削除し、確認が不十分だったとする「訂正・おわび」を掲載する③5月1日付朝刊で、「訂正・おわび」も事実と異なる内容だったとして、ねつ造した記者の諭旨退職、編集局長の更迭をはじめとする懲戒処分を告知する(写真)
■イメージは「小林製薬への憤り」
懲戒処分を伝えた5月1日付の当該記事では『社会部主任は、岡山支局の記者からの原稿が小林製薬への憤りという「自分のイメージと違った」として勝手に書き加え…』と、ねつ造のあらましを説明している。自分のイメージつまり自身の思い込み、あるいは自身で創作したシナリオと大きなズレがあったために原稿を手直しした。その代償はあまりにも大きく、本人にとっても読売新聞にとっても最悪の展開となってしまった。
社会部主任がねつ造に至った“原点”となる「小林製薬への憤り」は、甚大な健康被害を及ぼした紅麹サプリの製造・供給元である小林製薬はけしからんーとの思い込みや先入観に由来する。しかし、今年1月に最初の症例が報告されてから5ヵ月弱。今日(5月25日)現在、紅麹のどの成分が腎疾患をはじめとする各種健康被害の原因物質なのか、未だ特定されておらず、さらに紅麹が本当に“犯人”なのかどうかも定かではない。24日に大阪市と厚労省が発表した、サプリ摂取後に健康被害が生じた2000人に対する調査結果でも、新たな知見はほとんど示されていない。
■ファンコーニ症候群の原因は?
読売新聞夕刊がねつ造記事を載せた4月6日の同紙朝刊に、紅麹サプリ「裏切られた」ーの4段見出しを付けた大きな記事が掲載されている。サブ見出しは「摂取後入院の女性 重い脱水 腎機能戻らず」で、文中「体内のミネラルが失われるファンコーニ症候群が疑われた」と記している。ところで、このファンコーニ症候群は、コロナワクチン接種後に生じるケースがあると日本腎臓学会誌(Web)が症例を解説している。そのことから、健康被害が生じた紅麹サプリ摂取者全員に対するコロナワクチン接種履歴の確認が不可欠であって、それらのデータを突き合わせて初めて真実が見えてくる。
「疑うがゆえに知り、知るがゆえに疑う」。物理学者、随筆家、俳人などさまざまな顔をもつ偉人、寺田寅彦は、常識や一般的な見方を排し、疑うことが知の源(みなもと)になると説いている。紅麹やコロナ禍を巡る報道に携わる人たちにとっても、寺田の教えには千鈞(せんきん)の重みがあると思える。医学・薬学等の深い専門知識を持たない各記者が、専門家や権威筋の、誰の話をどこまで信じてどこを疑うか…。その辺りを見極める眼力の重要性が増すばかりの今日この頃である。
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