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「囲い込み」問題に見る不動産業の“当事者能力”:千葉利宏

TOP写真は週刊ダイヤモンド2009年6月6日号表紙

 国土交通省は、不動産「囲い込み」問題に対して宅地建物取引業法の通達を2025年1月に改正し、行為が確認されれば処分対象にする。「囲い込み」とは、不動産仲介業者が売却依頼のあった物件を他社に紹介せずに売り手と買い手の双方から仲介手数料を取ろうとする行為だ。筆者が不動産業界を取材するようになった25年以上前から指摘されてきた問題だが、いまだに解決できずにいる。
 今回の措置について業界関係者に聞いてみたが、「何を持って囲い込みと判断するのでしょうか。その判断が難しいので、処分も限定的では?」、「これまでと同様に抜け道が作られて囲い込みは無くならないでしょう」と懐疑的な声ばかり。要は、不動産業界も国交省も本気で「囲い込み」問題を解決しようと思っていないと見透かしているのだろう。
 土地は、個人・法人に所有権が認められているが、本来は「国土」という公的な資産である。その取引を任されている不動産業者には高い職業倫理が求められるはずだが、「囲い込み」といった姑息な手段を使って儲ける行為がはびこっている。不動産業界に問題を解決する“当事者能力”はあるのだろうか。

■15年前、週刊ダイヤモンドで「囲い込み」問題を記事に
 「『囲い込み』の記事を書くのは、もう疲れたよ」―日本経済新聞の8月29日付けで「囲い込み」問題の記事が掲載された後、取材先で冗談交じりにそう愚痴ると、「そんなこと言わずに、何度も書いてくださいよ。寅子だって、鼻血を出してまで桂葉に訴え続けていたじゃないですか!」と、30代ぐらいの女性担当者から励まされてしまった。
 先週末で終了したNHKの連続ドラマ「虎と翼」は、多くの女性たちから支持され、熱心なファンも多かった。確かに女性たちが、社会的地位向上を訴え続けてきた長い年月を考えれば「疲れた」などとは言っていられないのかもしれない。
 「囲い込み」問題の記事は、新聞社時代の1999年頃にも書いた記憶がある。フリーランスになって最初に取り上げたのが週刊ダイヤモンドの2009年6月6日号(発売日は6月1日)=写真=だった。耐震強度データ偽装事件を受けて2007年に改正建築基準法が施行され、2008年9月にリーマンショックが発生して、不動産ミニバブルが崩壊しつつあった時期だ。
 週刊ダイヤモンドの編集部から「ゼネコン再生に向けた提言を、何でもいいので書いてください」と言われたので、①海外市場で戦うならゼネコン体質捨てろ!②リフォーム市場育成へ不動産流通の改革を!③バラマキの源泉である公共発注者自ら変われ!―と書いた。
 ①は、リーマンショック発生で、中東ドバイなどの不動産開発事業で大手ゼネコンが軒並み巨額の損失を計上する見通しになっていたので、ゼネコン体質の“甘さ”を指摘した。③では、戦略的な公共投資を行うため役所の縦割り組織を見直し、出先機関を地域ごとに統合することを勧告した2008年12月の地方分権改革推進委員会の「地方工務局(仮称)」構想を取り上げた。

■「両手取引禁止」を打ち出した民主党政権に抗議殺到!
 「囲い込み」問題は、②のリフォーム市場育成という切り口で書いた。この提言の最後に「日本では、いまだに仲介業者が売主と買主の双方から仲介手数料を受け取る“両手取引”が認められ、(中略)競争原理が働いていない」と指摘したうえで、「思い切って両手取引の禁止を検討してもよいだろう」と書いた。そもそも「両手取引」が「囲い込み」問題の原因だからである。
 国交省でも2009年4月に社会資本整備審議会の住宅宅地分科会に「既存住宅・リフォーム部会」を設置したので、その議論を先取りする形で提言した。ところが驚いたことに、雑誌発売の約2か月後の7月27日に民主党がマニフェストと一緒に公表した政策集「INDEX2009」の中に「一つの業者が売り手と買い手の両方から手数料を受け取る両手取引を原則禁止とします」という政策が盛り込まれていた。
 筆者は民主党の政策作成には全く関わっていないし、そのような議論が進んでいることも知らなかった。たまたま絶妙なタイミングで記事を書いてしまっただけなのだが、不動産業界の中には、筆者を“犯人”扱いする関係者もいた。
 2009年8月の衆院選挙で民主党が自民党を破り、政権交代が実現したことで、不動産業界は騒然となる。当時、この問題に関わっていた民主党議員に聞くと、「9月の政権発足後、民主党本部には全国の不動産業者から抗議の電話が殺到した。国交大臣に就任した前原(誠司)さんがビビって『誰だ!こんな政策をINDEXに入れたのは!』と騒ぎだし、政策がなかったことにしようとしている」と嘆いていた。
 日経ビジネス2009.10.12号に掲載された記事「不動産『両手取引禁止』の波紋」によると、10月2日に行われた専門誌「日経ホームビルダー」などとのインタビューで前原さんは「中小零細の不動産業者から相当のクレームが来た。実際にやっていったら成り立たないようなところも出てくるかもしれない」と発言して、軌道修正する考えを示唆。結局、この政策は一度も正式に議論されることがないまま、葬り去られてしまった。
 それから15年が経過して、「囲い込み」問題で今、困っているのは、中小零細の不動産業者である。当時は、消費者のインターネット利用が進んでおらず、地場の中小零細業者にも売り物件が持ち込まれ、両手取引の恩恵を受けていたのかもしれない。しかし、インターネットやスマートフォンの急速な普及によって売り物件が大手業者に集中しやすくなり、いまや「囲い込み」の恩恵を最も受けているのは大手だと言われている。

■他メディアでも「囲い込み」問題を記事に取り上げてみたものの…
 民主党政権時代には、2010年の政府の「新成長戦略」に2020年までに中古住宅流通・リフォームの市場規模を現状の2倍に相当する20兆円に倍増させる計画が盛り込まれ、2012年に国交省が「中古住宅・リフォームトータルプラン」と「不動産流通市場活性化フォーラム提言」をまとめた。
 日経BPでは、2つの政策を後押しようと解説本「家を動かせ!―眠れる5800万戸のストックを宝に変える9つの法則」を企画し、筆者も執筆メンバーとして参加した。2012年7月に出版され、当時は住宅ストックビジネスへの期待が高まっていると感じられたが、当時からネックになるのは「囲い込み」問題だろうと予想していた。
 その後、自民党が政権に返り咲き、2013年10月には、東日本不動産流通機構が公的不動産データベース「レインズ」の利用規定を改定し、「囲い込み」の原則禁止と処分規定を盛り込んだ。それを受けて、筆者は古巣の新聞「フジサンケイビジネスアイ」の2013年10月13日付けで「不透明な中古住宅仲介制度の改革を」を執筆。「業界の自主規制で問題解決できなければ『両手取引の禁止』しか残されていない」と書いた。
 その1年後には、東洋経済オンラインでも「だから日本の中古住宅は一向に活性化しない―空き家問題の遠因にも?「物件囲い込み」の愚」(2015/06/09)を書いた。この時は、大手が提供する「仲介保証サービス」の問題を取り上げ、国交省が議論していた「囲い込み」防止対策の効果に疑問を呈した。それから10年近くが経過したわけだが、「囲い込み」問題は一段と深刻化しているというのが実態だろう。

■買取再販物件の拡大はタイパ&コスパ重視だけではない
 不動産情報ポータルサイトを運営するLIFULLのシンクタンク部門である「LIFULL HOME'S 総研」(所長・島原万丈氏)が9月25日、調査研究報告書「STOCK & RENOVATION 2024」を発刊した。住宅ストックビジネスへの注目が高まっていた頃に発刊した「STOCK & RENOVATION 2014」以来、10年振りに調査研究を行い、住まいとリノベーションを取り巻く環境変化をレポートした。
 中古住宅を自分の居住用として購入する消費者は、そのままの状態で住むのではなく、自分のライフスタイルに合わせてリフォーム・リノベーション(以下、リノベ)することが多い。報告書では、消費者が買ってリノベするケースを「戸建てリノベ」「マンションリノベ」、「買取再販業者」が中古住宅を買い取ってリノベしてから販売する商品を「リノベ済み戸建て」「リノベ済みマンション」の4つの区分でリノベ市場の変化を分析した。

 この10年間で最も伸びたのは「リノベ済みマンション」だった。最近の消費者は、住宅をコスパ(コストパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)で選ぶ傾向が強まっており、中古を買ってリノベは時間と手間がかかるという理由で停滞しており、新築分譲住宅を購入するのと同じ感覚で「リノベ済みマンション」が選ばれている。しかし、「リノベ済みマンション」が伸びた背景には「囲い込み」問題が大きく影響している。
 報告書には、個人向け不動産コンサルタント会社「さくら事務所」の大西倫加社長のインタビューを掲載しており、その内容が問題の核心を突いている。「買ってリノベ」が伸び悩んでいる理由について、消費者がリノベしたい中古物件を探したくても「囲い込みや両手の取引のある市場では、圧倒的に競争力で負けてしまう。そもそも物件に当たらない」としたうえで、「取引の透明性として原則は片手の取引でやっていきましょう、という方向に根本的な仕組みの改善がなされていかないと、(買ってリノベは)メインプレーヤーになれない」との見方を示している。
 「リノベ済みマンション」の実態についても、大西社長は「問題は工事の内容と売り方」と指摘。「買取再販の保証期間だけ持てば良い」程度の補修しかしていな事業者を見分けるのが困難で、「後々トラブルになったという相談は相変わらず減っていない、というより増えている」との実態を明らかにしている。消費者が中古マンションの劣化状況をキチンと把握したうえで必要なリノベを行うことが難しくなっているのだ。

■はて?―両手取引禁止はどうして検討されないのか
 不動産仲介業者が、売り物件を買取再販業者に持ち込むのは、1つの物件で最大12%の仲介手数料が得られる可能性があるからだ。まず、売り手から買取再販業者に仲介するときに、両手で手数料が得られる。さらにリノベ済み物件の販売を仲介して両手取引に持ち込めば、両手の手数料が得られる。仲介手数料(物件価格400万円以上)は片手取引で最大3%+6万円。両手取引では最大6%+12万円となるので「囲い込み」が無くならないのだが、買取再販業者を間に入れると、最大12%+24万円となる計算。「買ってリノベ」に「物件が当たらない」のも当然である。
 今回、国交省が「囲い込み」問題への対策強化に乗り出した背景には、2013年のアベノミクス以降、住宅価格が右肩上がりで上昇しており、価格が安い中古物件の需要が高まっていることがある。これまで中古市場には見向きもしなかった大手が買取再販事業に続々と参入して二極化が進み、その結果、中小零細業者の不満が高まっていたようだ。

 そもそも「囲い込み」問題は「両手取引」に原因があるので、国交省の某幹部に「両手取引の禁止を検討しないのか?」と聞いてみたが、即座に否定されてしまった。
 「はて?」――その理由は私には全く理解できないが、不動産業界からの反発が相当に強いということなのだろう。確かに両手取引が禁止されて不動産仲介業者は困るかもしれないが、消費者は全く困らない。むしろ、不動産取引の透明性が高まり、競争原理が働きやすくなって中古市場を購入しやすくなる可能性が高い。
 国交省として、所管する業界の利益に配慮することも必要かもしれない。しかし、不動産市場が活性化し、国民が良質で適正な価格の住宅を得られることの方が重要だろう。この先も、資材価格や労務費の上昇によって新築住宅価格の高騰が予想される状況で、いかに国民のニーズに対応した中古住宅政策を進めていくのか。寅子のように、熱く語ることはできないが、これまでの経緯を含めて「囲い込み」問題を巡る議論を振り返ってみた。

<追記>(2024/10/14)
 日経新聞の8月29日付けで不動産「囲い込み」問題の記事を見た時、「なぜ国交省は今になって囲い込み対策を強化したのだろうか?」と引っ掛かるものを感じた。記事で紹介したように過去に何度も指摘されてきたデリケートな問題だけに用意周到な対応が必要だと思うのだが、何の前触れもなく、唐突に宅建業法の通達を改正して処分対象にするという内容だったので驚いた。
 この問題で国交省の不動産業課が動いた理由は、まだはっきりとは分かっていないが、たまたま10月3日に開催された内閣府経済社会総合研究所(ESRI)主催の政策フォーラム(オンライン)を視聴すると、8月2日に公表された「2024年度経済財政白書」で「囲い込み」問題と両手仲介が取り上げられていることを知った。
 白書のテーマは、日本の経済財政状況に応じて毎年異なっているが、なぜ「住宅ストック」問題を今年度の白書で取り上げたのかを問い合わせてみた。作成者は日本銀行から内閣府に出向している萩野秀明氏。住宅問題を取り上げた理由を質問すると、今年2月に公表した「2023年度日本経済レポート」で3ページほどのコラム「子育て世帯の住居選択について」を執筆したところ「大きな反響があった」という。「住宅価格に対する社会的な関心が高まっている」ことを示しており、経済財政白書で久しく住宅問題を取り上げていなかったことから「住宅ストックの展望と課題」をテーマに取り上げた。
 2月のコラムでは、都内の住宅価格が上昇し、子育て世代が住宅価格や賃料の低い首都圏近郊へ向かっており、利便性や広さなどの住宅の質を妥協せざるを得ない結果が発生していると分析。8月の白書では、住宅の質的向上に資するリフォーム規模はアメリカの半分以下にとどまっており、既存住宅の流通が活発化しつつあるものの日本の取引プロセスの透明性はG7諸国中最下位と指摘した。そのうえで米国やシンガポールなどと仲介制度を比較し、囲い込みや両手仲介の問題に言及したというわけだ。
 今回の白書作成に関して国交省には事前に通知してしておらず、公表した白書の内容は国交省に喜ばれていないようだ。内閣府の経済財政分析担当として中立的に調査分析を行った結果として、囲い込みと両手仲介の問題に言及したことになる。国交省に対して忖度した書きぶりとなってはいるが、国交省の立場では取り上げてもらいたくはなかったのだろう。今後、国交省として来年1月に通達を改正したあと、不動産流通業界に対してどのように対応していくのか——。引き続き注視していきたい。

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