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中国のGDP統計“水増し疑惑”のもっともわかりやすい判別法:和泉田守

 この4月下旬、日経新聞の国際面で3段1本見出しの地味な体裁だが気になる記事があった。タイトルは「中国、統計改ざん指示も処罰」。この北京発のニュース、内容を以下にかいつまんで紹介しよう。

●地方政府の統計改ざんの取り締まりを強化へ
 ・中国は地方政府による統計改ざんへの取り締まりを強化。不正を働いた担当者だけでなく改ざんを指示した責任者らも処罰する。
 ・具体的には4月の23~26日に開いた全国人民代表大会(全人代、国会に担当)常務委員会で統計法改正案の審議に着手した。地方での統計不正を防ぐために処罰の対象を広げるもので、改正案は統計に関して「共産党の指導を堅持する」と追記し、監督を強める姿勢を示した――。
 記事では中国のこうした動きの背景として①地方では統計不正が絶えず、中国全体の統計に対する不信感が高まっている。②地方の党組織や政府の幹部にとって、任期中の地元での経済成長の実績がその後の中央政府などでの自身の出世を左右するため、成果を焦る幹部らによる不正の疑惑は以前からある――としている。
 GDPなど中国の経済統計についてはかねてから正確性、信ぴょう性についての疑惑が指摘されてきたが、筆者には近年になってその手口が一層悪質化し”確信犯“的なふるまいを臆面もなく行うようになっていると感ずる。その一例が若年層の失業率を巡る動きだ。昨年8月、中国の国家統計局は若者の失業率について「調査方法を見直すためにしばらくの間公表を停止する」と発表。今年1月になって、新たに学生を含まない年齢階層別の失業率の発表を再開した。これは深刻化している大学生の就職難の実態を隠すためとも指摘されている。さらに経済専門家によると、より大胆な“水増し”が一国にとって最重要の経済統計であるGDP(実質国内総生産)で行われるようになったという。

●「今年1~3月期のGDP、前年同期と直接比較できず」と当局説明
 4月18日、国家統計局は2024年1~3月期の中国のGDPが前年同期比で5.3%増だったと発表した。ところがである。長年にわたって知り合いのエコノミストの説明では、国家統計局は同時に、前年同期比の数字について「統計上の技術的な問題もあって、今期のGDPと前年同期のGDPとを直接比較することはできない」と注釈で説明しているというのである。
 そこで筆者も真偽のほどを確かめようと、国家統計局のホームページに掲載されている2023年1~3月期のGDPの実数値を使い今年の前年同期比をはじいてみると5.3%増ではなく3.96%増と極めて大きな違いがあることがわかった。また5.3%増から逆算した昨年1~3月期のGDPをはじき出し国家統計局が掲載している数値と比較、さらに1元=20円でおおざっぱに円換算すると7兆円を大きく超える乖離があった。つまり国家統計局の説明に基づくと昨年同期のGDPは日本円にして7兆円を超える過大評価がされていたことになる。さらに昨年1~3月期のGDPに「統計上の技術的な問題」があったとすれば通常は改定作業を行って修正されるのが普通だが、そうしたことは全くなされていない。国家の統計作成作業としてはあり得ない状況だが、あえて放置しているのは、もし修正を行おうとすると次々と統計間の矛盾や整合性の問題が広がっていき収拾がつかなくなるからなのではないか、というのが筆者の根拠なき推測だ。

●国家の経済統計HPにも周氏個人崇拝の影響が・・・
 知り合いのエコノミスト氏が中国の国家統計局のホームページについて、もうひとつ面白い話を教えてくれた。昨年の半ばから同HPに習近平氏の日々の行動が統計数値よりも優先して掲載されるようになったとのこと。改革開放から社会主義路線への回帰、国家の安全を重視しスパイ取り締まりを強化するとの警察国家化などを進める習近平個人崇拝の動きは益々強まっているようだ。本来であれば客観、中立的であるべき経済統計の分野でも不都合な真実を隠蔽する流れが止まらないようだ。ちなみに今年1~3月期のGDP成長率である「5.3%」が中国政府の今年の成長率目標である「5%前後」と平仄があっているもの偶然ではあるまい。
 最後になったが見出しに取った中国の疑惑のGDP統計の判別法について簡単に説明する。筆者は現役の新聞記者時代から中国当局が発表する成長率についてあまり信頼していなかった。これについては関連する経済研究機関で2年間ほど経済学の勉学や経済予測作業に携わった経験も多少は役に立っていると感じている。

●GDP発表のタイミング あり得ない早さ
 もっともわかりやすい判断材料はGDPの発表のタイミングだ。中国は昔からあまりにも発表が早すぎるのだ。どの国もGDPの数字は一国の経済パワーを最も包括的に表すものとして、一刻も早く知りたい経済統計。ただGDPは各産業や業種の生産高や出荷額などを単純に足せば計算できるものではない。4半期や1年間に生み出された付加価値の合計を算出しなければならず、多くの正確性の高い統計とややこしい推計・産出手順が求められる。
 各国とも発表の時期は迅速さと正確性という相反する要素も加味して最速のタイミングに定められている。そのうえでGDP算出に必要な各種の経済統計が次々とまとまるのを受けて改定値、確報値を順次リリースしていく。日本では1~3月期のGDPの場合はまず5月半ばに第1次の速報値が発表され、次いで6月に2次速報の改定値が出る。日本以上に発表のスピードを重視しているとされる米国でも最初の速報が4月下旬、1か月後の5月末に改定値、そして6月下旬になってようやく確報値が発表されるというスケジュールになっている。
 では中国はどうか。発表のタイミングはアメリカよりも早い4月半ば。しかも算出の基本となる経済統計類への信頼性には疑問符が付く。その後、より正確性の高い数値算出のための改定作業が行われているようには見えない。肝心のGDP算出の具体的な手順を全くオープンにしていない。かつて中国のGDP成長率だけが毎年版で押したように7%増や8%増と発表されていた時期があった。その頃もその不自然さを指摘する声はあったが新聞社時代に北京特派員を経験した後輩との雑談を今も思い出す。筆者があまりにも発表が早い中国のGDPへの疑問を話すと、元特派員が笑いながら言ったものだ。「今はまだましになったけれど、かつては年が明ける年内の12月にその年のGDPは云々だと発表していましたよ」。
 今や中国のGDP統計への疑惑は確実に高まっており、当局も蓋をしてばかりではいられない状況になってきたことが、冒頭の統計改ざん取り締まり強化の動きにもつながっているように感じる。ただし根源は地方政府のお役人にあるのではないことも確かだ。ちなみに中国の統計システム、もともとはソ連に学んだものといわれている。そのソ連は崩壊して初めて、公表されていたGDPが実態は半分程度しかなかったことが内部の関係者によって明らかにされたという。

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