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ショートショート。のようなもの#29『噴射!』

 私は、高校受験を明日に控えて猛勉強をする〝長男〟に夜食を届けようと部屋のドアをノックした。
 しかし、何度もノックをしても返事がない。
 それどころか中からは「あ~出ちゃう出ちゃう!やべっ!止まらねぇよ~!」などと叫び声が聞こえる。
「…ん?〝長男〟は一体何をしているのだろう?」

 せっかく作った夜食を食べさせたいという気持ちよりも、息子が一体何をしているのかがあまりにも気になったので「悪いかなぁ…」と思いながらも、私は、恐る恐るドアを開けてみた。

 刹那、私は目の前の光景に我が目を疑った。
 なんと、勉強机に腰をかけた息子の頭頂部から〝何か〟が勢いよく噴き出しているのだ。
 予想外の出来事に私は思わず声を漏らした。
「だ、大丈夫!?」
 急いで息子に駆け寄ろうとした私!
 しかし、2.3歩踏み出した瞬間に足の裏に違和感を覚えた。何かが足の裏に刺さるような感覚だ。
「…なんだ?」と思いながら、ふと目を落とすと床一面に〝アルファベット〟や〝漢字〟や〝数字〟といった文字的な物体が散乱していたのだ。
 私は、一瞬にして頭の中が混乱した…。

 よく見ると〝歴史上の人物〟の写真や〝元素記号〟や〝地図記号〟も落ちていた。
 そして、しばらくしてそれが全て息子の頭頂部から噴き出しているモノだとわかった──。

 私の解釈は、つまりこうだ。
 高校受験を明日に控えた息子は、一夜漬けで参考書に記載された単語を必死で頭の中に詰め込もうと猛勉強していた。
 やがて、それが頭の中にパンパンになってしまい頭頂部から凄まじい勢いで噴射していたのだ。
 もちろん、理屈は一切わからない。
 しかし、今、目の前で現に起こっていることなのだから仕方がない。
 
 それで、今、私の足の裏に刺さったのは〝√〟だ。
 ものすごく鋭利で痛い。
 そして、私が痛がる姿をじーっと見つめてくる床の上の〝与謝野晶子〟。
 
 次第に状況を飲み込み始めた私は、急いで息子の応急措置にあたった。
 患部へガーゼを当ててネットを被せて噴射を防いだ。すると、何とか単語の噴射だけは収まったが、息子は疲れきってそのまま床へ着いてしまった。

 
 そして翌朝。
 息子は、部屋中に拡がった単語を手当たり次第拾い集めるとガーゼの隙間からぐいぐい詰め込み受験会場へと出掛けていった。
 
 一人、家に残された私はゴミ袋を片手に散らかった息子の部屋を掃除する。
 まるで、思春期の息子の頭の中を覗き見るかのように。

 おびただしい量の単語の中には〝体育館裏〟や〝ラブレター〟といった単語も落ちていた。
 どうやら好きな女の子に告白を考えているらしい。
「進学で離れ離れになるまでに実行できるといいなぁ」
と母としては純粋に応援したいという気持ちが湧いてきた。

 〝部活〟〝友情〟〝宿題〟〝裏切り〟〝グループLINE〟〝カラオケ〟〝苛立ち〟〝ノリ〟〝席替え〟〝将来の夢〟〝自分は何者?〟…など。

 その後も私は、息子の頭の中を拾い集めた。  
 
 全てを拾い集めた私は、ゴミ袋にパンパンに詰まった単語の中で、一番ずっしりと重たかった一言をまじまじと見つめた。
 
 〝お母さんウザい〟

 私は、この単語を見て胸を痛めながらつくづく思春期の息子を育てるのは難しいなぁと感じた。特に〝一人目〟の長男だし。

 確かに、ここ数ヶ月は私自身も〝息子〟のことで〝頭の中〟がいっぱいになり、悩んでいた…。


 しみじみと私は考えた。
 一人でも一人前に育てるのは難しいと頭を悩ませていたのに、意に反して〝息子〟ばかりを次々と勢いよく産んでしまった。

 でも、もう〝息子〟のことで頭の中をパンパンにするのは止めたほうがいい。
 なぜなら、考えれば考える程、頭の中にどんどん…どんどん…増えていく〝息子〟たち。
 それが、また、勢いよく頭頂部からポンポンと噴き出してきてしまうのだから…。

「もう、先月噴射した子で8人目か…。これ以上は手に追えない…。」

*****

 ふと、そんなことを考えていた。
 そして、そういうときに私はいつも決まって、古いアルバムをめくり幼いころの息子たちの写真を見て彼らのことを想う。
 すると、目からは大粒の〝涙〟が噴き出してくるのだ。 
 だって写真の中の息子たちの傍には、沢山の〝ママ〟という文字が転がっているから。


                  ~Fin~

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