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North Wave 82.5


アレルギーが酷くなって美容師を辞めてから、半年間だけ地元の市役所の臨時職員として働いていたことがあった。
そこで出会ったのが二つ年上のみもちゃんだった。配属された課は違ったけど、同じフロアで臨職だったみもちゃんとは、すぐに仲良くなった。お昼はいつも市役所の屋上で一緒に食べていた。

みもちゃんとは、臨職期間が終わってからも、時々会ってご飯を食べたり、飲みに行ったりする仲になっていた。
その頃、わたしには4年付き合っている彼氏がいた。みもちゃんはカナダ人の彼と付き合っていて、会えば恋愛の話が尽きなかった。

道東の夏は、夏といっても夏らしくなく。
20度を超えれば十分に夏だった。

お互い新しい仕事が決まって、ほんの少し慣れてきた頃。久しぶりに会おうということになり、みもちゃんのおすすめのバーでお酒を飲むことになった。

金曜日。8月だというのに、夜になるとほんのり肌寒い、霧のかかる夜だった。

みもちゃんはいつも落ち着いていて、優しく気遣いのできる人だった。
2件めのバーで、ジントニックを2杯飲んでわたしはすでに眠くなっていた。ふと隣を見ると、みもちゃんはもうお酒は飲んでおらず、ウーロン茶を飲み干し、そろそろ帰ろっか。と言って、お会計をしてくれた。
いつもかわりばんこに奢ったり、奢られたりしている。

駅に向かって歩きながら、タクシーを探す。
みもちゃんが右手を上げてタクシーが止まった。

なんだか今夜は。
このままバイバイするのが寂しかった。うちでもう一杯だけ飲んでいかない?と誘ってみた。なんなら、お泊まりしていかない?と。言ってしまってからわたしは、みもちゃんを困らせてしまったのではないか?と後悔し、ドキドキしながら返事を待った。

みもちゃんは少し考えてから、うん。と頷いた。「明日の予定もないし、朝まで語り明かそうか!」と、微笑んでくれた。

タクシーの窓から後ろへ流れる景色を見ていた。他の車はほとんど走っていない。オレンジ色の街灯が静まりかえった街を照らしている。夜空には、半分よりちょっと膨らんだ月が浮かんでいた。

午前一時。
近所のコンビニでお菓子とビールを買って、わたしの部屋へいく。

いつ寝てもいいように楽な部屋着に着替えて、小さめにラジオををつける。わたしもみもちゃんもテレビをあまり見ない。

外で散々しゃべった後なのに、なんだかんだ話は尽きなかった。
仕事のこと、恋のこと、これからのこと。

眠い目をパチパチさせながら、わたし達はしゃべり続けた。みもちゃんは、いつだってわたしの話を真剣に聞いてくれた。だからわたしも、みもちゃんの悩みを自分の悩みのように、誠実に誠実に向き合って励ましたり、アドバイスしたりした。
時々涙ぐんだり、時々笑い転げたりしながら。

今という、かけがえのない時間がとろとろと流れていった。

つけっぱなしにしていた深夜のラジオ放送は、もうだれもしゃべらなくなっていた。心地よい周波数の音楽だけが永遠に流れている。
夜でもない、朝でもない、不思議な時間の狭間でわたし達は、どちらからともなく布団に沈んでいった。
閉じた瞼の向こう側がほんのり青くなっていくのを感じながら。

きっとわたし達は、昼近くになって目を覚ますだろう。

わたしはぼんやりとした頭の中で、みもちゃんと出逢えたことに感謝していた。
ずっと友達でいたいと心から思った。

ラジオから流れてくる音楽と、カーテンの隙間から漏れる朝の光が、わたし達を優しく包んでいた。



あれからずいぶん長い月日が経っている。
もう何年も会っていないけれど、元気でいてくれたらいいなと思う。
しようと思えばいつだって、連絡はできるけど、今はあえてしていない。
理由はわからないけれど、今は、それが正しいことのように思うから。


#エッセイ
#なにげない日常
#ありふれた毎日

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