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宝塚歌劇月組「川霧の橋」 -幸さんなんてもう嫌い!

周りの人に誰にも言わず、秋口に隠密のごとく博多座へ行ってきた。


パンフレットで剣さんも言っていたが、この作品は豪華な和物ではないが通行人1人にいたるまで生き生きとしている良い本だと思った。独白の長さとか、効果音の入り方とか、古くささがないとは言わないがそれが必ずしも悪いとは言わない。

そして幸さんが、いい。いやそれはお前、中の人が好きなだけだろ言われれば否定はしないのだけど、それだけじゃない。月城かなと演じる幸さんはとても良かった。

他のことはぽんぽん言えるのに、お光には言えない。何年も想っているのに、いやむしろだからこそ言えない。簪を渡すところなんてたまらなかった。きっと物凄く悩んで決めた(もしくは簪を見た時ふと顔が思い浮かんだのだろうか)お土産だろうに、そんな素振りも見せずに魚の上に放り投げてしまう。お光はお光で「…ありがとお」と気のない返事だ。(秋鰺にはあんなに喜んでいたのに!)

そうやって家に引っ込んでしまうお光を、釈然としない顔で見送る幸さんもなんだかおかしくてクスリと笑ってしまう。私が今作イチときめいたシーンだ。


縁談がまとまらなかったことから一度は希薄になってしまった繋がりだが、幸さんはそんな中でもきっとお光をずっと思っていたのだろうし、だから大火迫る中助けに来てくれる。

告白も遅かった幸さん。もしかしたら助けに来るのにも迷ったのかもしれない。他のことには発揮される決断力が、きっとここ1番の時には発揮されない人なのだ。風向きが変わって、危ないとなってから走り出したのかもしれない。そんな迷いの時間があったから、おじいさんが死んだ時に「もっと早く来ていれば」という言葉が出てきたのかもしれないなと思う。


大火によって離れ離れになった幸さんとお光。幸さんは別の女性と夫婦になる。およしちゃん。お光とも友達だ。今回およしちゃんを演じたかれんちゃんの役作りによって、彼女は冒頭の祭りの場面から幸さんを好きなことが垣間見える。お光の波乱な人生を想って「泣いたわ」と言える素直で優しい娘。(この「泣いたわ」というセリフ、現代の感覚で言えば何とも言えない響きを持っているが、彼女が本気でお光を想って涙し、お光もそれをありがたく受け止めている風に感じた)

並んで歩く幸さんとおよしちゃん、お光は2人に行き会う。小りん姐さんいわく「とてもここには居られない」場面だ。私はお光がここで自分の本当の気持ちに気付いたのは、幸さんとおよしちゃん、2人の間に愛情が見えたからだと思っている。冷え冷えとした仲に見えたら、きっと何も感じないと思うのだ。およしちゃんからの愛情は言わずもがな。そして幸さんからも、それは恋とは違うものだろうけど親愛はあったと思うのだ。盛況の杉田家を支えてくれた感謝もあるだろうし、いち人間として慮る心だってあるはずだ。というか、そうであって欲しい。大事な人だけに優しい人は魅力的ではあるけど、それは他の人をないがしろにしていいということではない。(幸さんは大事な人にほどつっけんどんなタイプだけども)

そうやって私は幸さんを解釈しているから、というのはあるけれど。

清吉が死んだから、およしちゃんが死んだから、これが正しいことだと言わんばかりに「ずっと、今でもお前が好きだ」と言い出すのは、どうも腑に落ちない。まさに♪もうきら〜い〜 !

時代は分かっている。幸さんの立場も分かっている。時代が立場がそうだから、きっとなるべく早く後妻をとらねばならない。それならばおみっちゃんと、というのは間違っちゃいない。

でもこれを見ているのは現代の私だ。その感覚に合わせろと言いたいのではない。ただだから、ここで「そんなことを言い出すお前は嫌いだ!」となるのも仕方ないではないか。自分を思いやってくれる優しい友達を大切にしてくれなかったと知ったら、それが月城かなとであろうと「それは違うだろう!」と息巻いてしまう。ずっとお前を好きだった?ときめかねえよ!と。

お光がここですぐに幸さんの元に行けないのは「そりゃそうだ」である。そして私は本来なら、幸さんにだってその時間が必要であったと思う。必要として欲しかった。


最後は半次の決意もあって、幸さんとお光、結ばれて終わる。幼少の頃に戻ったように蛍を捕まえてやる幸さん、その蛍をもらってはしゃぐお光。そんなお光に向ける眼差しが、ふと、変わる。その眼差しがたまらない。お光への感情が溢れるのが、何も言わずともありありと伝わってきた。(個人的にはダルレークの件のシーンより余程恥ずかしかったのだけど、私だけだろうか)

すっかり感動して「ああ、よかった…」と胸を押さえた。

だがそこで我に返って「いや、およしちゃんとのくんだり忘れてねえからな!」と思ってしまう私は多分向いていない、ロマンスに。どうすんの、お披露目公演。

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