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こっちがほんと

仕事中にスマホが震え、見ると中学の同級生のLINEグループに誰かが投稿したメッセージが、ぽつりと白く光っていた。

「先輩のお店で新メニューを作るらしいので、アンケートに協力してください!」
そんな無邪気な内容のメッセージだった。

高校を卒業して、大学に入るとともに関東に出た僕は、地元の繋がりをほとんど失っていた。
成人式は留学中だったために参加できなかったし、ケータイがスマホになって、「メアド」やら「赤外線通信」などという言葉が死んでコミュニケーションツールがLINEになったために、繋がりを持たない僕には、同窓会が開かれたのか否かすらも分からなくなってしまった。

いつだったか、正月に地元に帰省したときにそのLINEグループの存在を知り、いまも繋がっている数少ない友達に頼み込んでグループに入れてもらった。
「何にもやり取りされてないし、入ったって意味ないよ」
そんなふうに言われても、隣人の顔すら知らぬ東京の街に住む僕にとって、地元の顔が知れた人間と繋がる手段は、たとえ無用でもかけがえのないもののように思えた。

果たしてその友達の言うことは正しくて、LINEグループに入って数年間、このときまでそのグループが動くことはなかった。
見ると、ぽつぽつと退出している人も見える。

僕はふと懐かしくなって、グループのメンバー一覧を指でたどった。
たしか120人くらいいた同級生のうち、80人くらいが参加しているようだった。

プロフィール写真を子供の写真にしている人もいた。
女の子たちは苗字も変わっていて、馬鹿なことばかりしていた同級生がひとりひとり大人になっているのが不思議に感じる。

中には、「み」とか訳の分からない名前で、もはや誰だか判別がつかない人もいた。
湯婆婆に名前の文字を全部持っていかれたんだろうか。

そんな中で、ある名前を見つけた。
彼の名前はUくん、とでもしておこう。

* * *

Uくんと初めて会話をしたのは、中学2年の生徒会長選挙のときだった。

Uくんはサッカー部に所属していた。
のちに彼はサッカー部の部長になり、のちに野球部の部長になる僕と境遇が似ることになるのだけれど、そのときは互いに名前を知るくらいの中でしかなかった。

ある日、休み時間に突然彼に呼び出された僕は、彼が出馬する生徒会長選挙の応援委員をするように依頼された。
応援委員というのは、現在の政治家の後援会のようなもので、選挙期間中に学校の正門の前で候補者と一緒に挨拶をしたり、全校集会での応援演説をしたりするような役割だった。

そのときはなぜ面識のない僕に依頼するのか分からなかったが、今思えば、単純に目立つからだったのだろう。

中学時代の僕は、自分で言うのもなんだがスクールカースト最上級にいた。
中学に入った最初のテストで颯爽と学年一位を取り、学校で最大勢力の野球部に所属していて、そこそこのコミュニケーション能力もあった。
(その反動で高校ではカースト最下位に転落したが)

僕は彼の応援委員を特に渋りもせず承諾し、報酬もないのに毎朝部活の朝練後に門に立ってUくんとともに挨拶をしたり、よく知らない彼の応援演説をしたりした。

結果、彼は選挙に敗れたものの副会長に当選し、僕は彼の推薦で生活委員長なるポストをもらい受けることになった。
(いま思えば現実の大臣任命制度に非常によく似ている)

しかし、結局それ以降彼と関わることはなかった。
地元の高校に入学した彼は、地元のどこかの企業に就職したらしい。
サッカー少年だった彼は、就職してから見違えるほどに太ったという話を聞いた。

そして、そんな彼は、2年前に死んだ。

原因は深く知らない。何らかの病気だったと風の噂で聞いた。
友達から訃報を聞いた時も、すでに東京で働いていて採用業務の繁忙期だった僕は「急なことだから」と言い訳をして、香典だけ親に預けて、葬儀には出席しなかった。
死だなんて、急なことでしかないとはじめから決まっているのに。

* * *

僕とUくんの関係はそれだけだった。それだけでしかなかった。
ここに書くことすら憚られるような薄く柔らかな関係だった。

彼の生前も死後も、彼のことを思い出すことはほとんどなかった。

もう一度、LINEグループのメンバー一覧に載せられたままの彼の名前を見る。
「こっちがほんと」という、恐らく機種変更か何かでLINEアカウントが二つになってしまったのであろうプロフィールコメントが、白い画面に浮いている。
それが彼がこの世に残した生の痕跡であるような気がした。

本物だろうが偽物だろうが、彼はもうこの世にいない。
彼の葬儀の知らせから2年が経って、当時は実感の湧かなかった事実を改めて思い知った。

「あのとき、無理をしてでも葬儀に行けばよかった」
LINEグループの画面を前に、そんなことを思った。
もう後悔したって遅いのに。

「こっちがほんと」
そう書かれたアカウントに連絡しても、彼に届くことはない。

今回久しぶりに投稿された誰かのメッセージに応える代わりに、また一人、通知を煩わしく思ったらしい誰かがグループを退出した。
それはすごく自然なことだ。連絡する必要のない人と繋がっておく必要などないのだし。

でもその繋がりは、いま東京に住む僕にすら眩しく魅力的に映るものだし、この世にいないUくんにとっては望むことすら許されない、絶対的に手に入らないものだ。

彼が存在しない2年間、様々なことがあったけれど、概ね世界は普通に回っている。
時間とともに、彼の記憶も薄れていく。

世界は今日も明日も、同じように回っていく。
そんな当たり前のことを、部屋の窓から遠くの空を見ながら、僕は静かに思った。

つきこ

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