見出し画像

深掘り誕生石―はじめに

2021年12月20日、日本の誕生石に新たに10種類の宝石が仲間入りしました。

誕生石は、生まれた月ごとに定められた宝石のことです。ルーツは旧約聖書の時代にさかのぼるともいわれますが、直接結びつきそうな風習は、18世紀ごろのヨーロッパで経済的に大きな力を持っていたユダヤ人コミュニティーで、婚約した女性に生まれ月にちなんだ宝石の婚約指輪を贈っていたことにあるようです。誕生石はこうした伝統を背景にして、1912年8月にアメリカのカンザス・シティーで開催された米国宝石組合大会で、現在広く知られるように決められました。アメリカの誕生石は1952年に改定されましたが、日本では改定版をもとに日本独自の要素を加えて、1958年に全国宝石商協同組合(現・全国宝石卸商協同組合)が決定・公表しています。この年は、日本と連合国側との講和条約の調印から7年後、そして朝鮮戦争終結から5年後にあたります。日本は法的な敗戦処理を終え、高度経済成長を目前にしていました。

今回の誕生石の改定は、それ以来実に63年ぶりとなっています。改定には全国宝石卸商協同組合の他、日本ジュエリー協会と山梨県水晶宝飾協同組合が加わり、業界の意気込みが伝わってきます。

6ページに、従来の誕生石と今回仲間入りした10種類の石をあわせてまとめました。よく聞く宝石もありますが、あまり聞かない石も結構ありますね。新しい誕生石はジュエリー界で大きな話題になりましたが、そちらの世界でさえ「どんな石なの?」という問い合わせが殺到したと伝えられるものもあり、また、国内在庫が限られていて品切れする石も続出したと報じられました。

では、本当にどんな石たちなのでしょうか? 興味ありますね。

私は、現在は独立行政法人化された旧・地質調査所という国立研究所で、地球の固いところを作る鉱物を使い、そんな場所を人々の暮らしにかかわる課題の解決のために利用する研究と研究開発の仕事をしてきました。こういった仕事の傍らで研究所付属の「地質標本館」という一種の博物館で、鉱物の素晴らしさをお伝えする仕事もしてきました。地質調査所は20世紀末の行政改革を経て、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)の地質調査総合センターとして現在に至っています。形は変わっても所内の人々の地球に対する「愛」は一貫していて、その一端はNHKの人気番組「ブラタモリ」に時々登場する、現在の職員の人たちの姿から垣間見ることができようかと思います。

宝石は、あまたの鉱物から選び抜かれた─多くは歴史的選抜を経た─鉱物界のエリートたちです。美しさと希少性に加え、容易に傷ついて美しさが損なわれぬ堅牢性を兼ね備えた鉱物だけが、宝石に値します。鉱物とは、地球の固いところを構成するパーツで、地球を人体にたとえるなら細胞にあたる基本単位です。鉱物の集合が岩石で、これも人体にたとえれば筋肉や骨などの組織や器官にあたります。鉱物の種類は現在6000種近くに上りますが、それらを知れば知るほど、宝石に選ばれた鉱物たちはあらためて素晴らしいと思わずにいられません。

新しく誕生石に仲間入りした宝石鉱物たちは、どんな個性を持っているのでしょうか? それらを順にご紹介したいと思います。ただ、新しい誕生石が置かれていない月もありますし、従来の誕生石の素晴らしさもぜひお伝えしたいところです。本書では、新しい誕生石を中心に、誕生石に選ばれた宝石たちの科学的な姿をお伝えします。従来の誕生石も取り上げるものの、真珠とサンゴという生物がかかわる宝石は除きます。スタートは新しい4月の誕生石「モルガナイト」にしましょう。従来の四月の誕生石はダイアモンド。それと並び置かれても負けずに輝くモルガナイトは、いったいどんな宝石なのでしょうか? さあ、扉を開けてみましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?