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広葉樹の国フランスーはじめに

ガリアと呼ばれる太古のフランスは、見わたすかぎりの原生林に覆われていた。
侵略や開墾などで、その森は19世紀までに大半が失われた。
だが一方で、1000年近くに及ぶ森づくりの伝統もある。それは歴史的苦難とぶつかるたびに新たな技術と政策を生み出し、ここ200年ほどは着実に緑を再生してきた。いまは国土の約3分の1を森が占めている。

この森林率は、森と林業のイメージが強い隣国ドイツにほぼひとしい。またフランスの人口一人あたりの森林面積は0.25ヘクタールで、日本の0.19ヘクタールを上回っている。

こうして世界的に見ても、「気がつけば森林国」になっていたフランス。このところ、多くのジャンルでこれまでの常識がくつがえされ、新しい物の見方が生まれているが、このフランスの変容も、長い時間をかけて醸成されてきた新しい現実のひとつだ。

どこが新しいか。理由はその森が、ただの再生林ではないところにある。
「適地適木」の理念にしたがい、地域の潜在的な植生を重んじて、できるかぎり自然に近い森を育て上げる林業。それをフランスは手がけてきた。

モザイク状の地形に応じて、山岳地帯にはモミやトウヒ、乾燥地帯にはコルクガシやオリーブ、国土の7割を占める平原にはコナラやブナやクリなどを生かし、独自の「水・森林行政」を展開してきている。

すぐれた産業用材となる針葉樹ばかりを増やさなかったのは、広葉樹なしには成り立たない産業や文化が一方にあったためだ。伝統家屋や家具や薪炭、国樹のイチイよりも愛されるオークの存在、絶対王政期の建艦競争、コルシカ島の灌木林など、さまざまな必然と偶然が、広葉樹林を大きな特色とするエコシステムの保全につながった。

本書では、こうした森の姿に迫る。まずフランスの森と林業の話からひもとき(第Ⅰ編)、続いて試行錯誤の森林再生史をたどり(第Ⅱ編)、最後に日仏の生態系の接点と、ある時点で生じた日仏林業の差異に注目する(第Ⅲ編)。神話からテクノロジーまで話題は多岐にわたるが、構成はいたってシンプルである。

豊かな森林資源を一度も損なうことなく、守りぬいてきた国々もあるが、フランスの場合はそうではない。いわば挫折してもただでは起きず、そのぶん強い足腰の力をつけて、初登頂に成功したアルピニストのようなものだ。

他国を見れば、異常乾燥による枯死や焼失、過剰伐採と盗伐などで広大な森を失い、生活の危機にあえぐ環境難民の現状がある。これも決して見過ごすことのできない新しい現実だ。しかしどん底からの回復を果たしたフランスの森は、これから森林破壊の痛手を克服しようとしているこうした国や地域に対しても、何らかの協力を果たす可能性と務めがある。

そしていま、気候変動に関するパリ協定を牽引してきたフランスの視線は、未来の森にそそがれている。都市計画者オスマンの大改革以来といわれる首都パリの環境改造や、林業転換のための国土森林憲章などで、目下フランスは国を挙げて、グリーンシフトを進めているところだ。

フランスの魅力を語る本は多い。だがこの本はむしろ、フランスがこれまで何に理想や問題意識を抱き、いま何にときめいているかを見ていくことになる。

まぎれもなく、それは森だと私は思う。
だがじつのところ、これはフランスにかぎった話ではない。
本当の意味で生態系を取り戻し、自然の力を正しく活用できる社会的なしくみづくりが、いまほど希求されている時代はないからだ。
最終的にはその期待も込めて、これからの森の姿にも目を向けてみたい。
この本はそんな「森林の書」だ。

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