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人と家をつなぐ、触媒としての本屋。

建築士の山下桂樹さんが間借り本屋「書肆(しょし)みず盛り」を始めたのは、2018年10月。間借り本屋とは、文字通り、お店の一角を間借りして営業する本屋のこと。「書肆」は書店という意味です。
取り扱う書籍は全て、自分で選び、買い取りで仕入れています。「売れる」ではなく「自分で買って読みたい」が選書の基準。
自選の本を通して、自分と人、人と家をつなげる。山下さんの活動についてうかがいました。

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岩手県北上市「ウワノソラ」の一角にある「書肆みず盛り」。

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改修した店舗。長年使われた木材に新たないのちを吹き込む。

人から人へつながる本屋

「書肆みず盛り」はお店の一角を借りて営業する「間借り本屋」。
「みず盛り」は建築現場で使われる、水を入れて高さを測る道具のことです。
1号店は北上市のマフィン店「ウワノソラ」。
店舗の設計を依頼されたのが、山下さんでした。
床や天井、柱など飴色の木材とグレーの塗り壁が落ち着いた雰囲気の店内。間仕切りが少ない開放的な間取りも、洗練された印象を与えます。
施主の希望する地域に築60年近い空き家付きの土地を見つけ、リフォームを提案しました。あまりに古い建物に、予算やデザインの要望が通るのか、当初施主は疑心暗鬼だったといいます。しかし山下さんは「頭の中に完成イメージがありました」と言い切ります。
隅に置かれたダークグレーの本棚は自作。色はもちろん、本を飾るため外に向けてデザインされた佇まいも、空間に調和しています。
完成後も、施主とは家族ぐるみで付き合い、間借り本屋にも快く協力してくれたといいます。
その後、盛岡市のレコードショップ「ディスクノートもりおか」と岩泉町のお菓子屋「志たあめや」が加わり、現在は県内3カ所に展開。どちらも知り合いからの紹介で決まった間借り先です。
最初は20冊だった取り扱い書籍も、今では82冊。本には感想文を付けています。
間借り先を訪ねるのは3カ月に一度。清算と商品の入れ替えを行っています。

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右端に「書肆みず盛り」の本棚。

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昔から置いてあったような、どこか懐かしい本棚の佇まい。

快適な生活への「触媒」

「CATALYZE DESIGN(カタライズ デザイン)」が事務所の屋号。「CATALYZE」は、触媒的に働いて、大きな変化を引き起こすという意味。人と家をつなげる役割に徹し、施主の要望という原材料に「触媒として働きかけるデザインを目指したい」という思いで付けました。
盛岡市南仙北の静かな住宅地に事務所兼住居を構え、5年前から奥さまと2人で暮らしています。
建物は3Kの平屋。玄関近くの個室が事務所です。ドアを開くと、ぎっしりと本が詰まった壁一面を覆う自作の本棚が目に入ります。蔵書は1200冊以上。建築関係の専門書・参考書からグラフィック・デザインの参考書、小説、エッセイなど多岐にわたります。
居住スペースは2K部分。天井照明は外され、デンマークの老舗照明メーカー、ルイス・ポールセンのPH5などのペンダントライトが少し低く吊るされています。襖を外し、一つの広い空間になった続き間。中心に自作の収納家具を据えて、リビング、キッチン、寝室を回遊できる動線です。中心の家具は高さを抑え、空間の広がりを感じさせつつ、各部屋への視線は遮られています。
仮住まいも自分たちの暮らしに合わせて、心地よく作り変える――。
インテリアだけでなく間取りにまで手を加えたこの空間からも、設計思想が伝わってきます。

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壁面の本棚。付随した机も手作り。

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低く吊るされたPH5。空間にやわらかい光が広がる。

家づくりの選択肢に幅を

「書肆みず盛り」を始める前は、家づくりのための〝茶話会〟を開いていました。「設計事務所の役割を知ってもらい、オーダーメイドの家づくりに興味を持ってもらうため」です。東北ではまだ家づくりの選択肢に設計事務所が入っていない、という実感がありました。
一般のお客さんだけではありません。ある工務店から「どこの下請け?」と問われ、愕然としたこともあったといいます。
仕事の繁閑に左右され定期的な開催が難しい、会場が貸し会議室のため知らない人は気軽に参加しにくいなどの理由で、現在は休止中。
どんな人もふらっと立ち寄れる、常に開かれた場所はないか。
問題を解消できる新たな場の形を考えたとき、思い付いたのが「本屋さん」でした。
どんな本棚にも、持ち主の趣味や嗜好が表れます。
設計の打ち合わせでも施主の本棚から、言葉では表現されない好みを知ることは少なくありません。
「自分で選んだ本を並べれば、自分自身を知ってもらえると考えました」
けれど、現場の監理や施主との打ち合わせなど建築士の仕事は移動が多く、常に店にいるわけにはいきません。いいアイデアを求めていたときに「間借り本屋」という書店の形態を知ったのです。

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土間に薪ストーブ。黒い煙突も空間のアクセント。(A邸)

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リビングダイニング。奥の店舗と土間で仕切る設計。(B邸)

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「周囲から浮かず、埋没もしない外観を目指した」という。(B邸)

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大開口はトリプルガラスサッシで高断熱に。(C邸)

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彩度の低いベージュの塗り壁で、落ち着いた室内。(C邸)

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使い勝手に合わせて設計したキッチン。(C邸)

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「灯りは空間にリズムをつける」と山下さん。(C邸)

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コーナーで部屋の役割を区切る。(C邸)

本は違う世界への「扉」

物心つく頃には、すでに読書が好きだったという山下さん。
「本屋さん」は小学生の頃からの夢でした。
両親が読書家でもなく、家には本棚もない環境でしたが「きっかけも覚えていないほど幼い頃から、自然と本に親しんでいった」そうです。
小学校に上がって一番うれしかったのは、図書室を自由に使えることでした。よく読んだのは「エルマーの冒険」や「ズッコケ3人組」シリーズ。父親に、外で遊べ、と叱られもしましたが、蔵書を読み尽くすほど熱中したといいます。
好きな作家は池波正太郎。小学生のとき、テレビで見た「鬼平犯科帳」にほれ込み、一時期は全著作を揃えました。時間とともに厳選され、手元に残ったのは3分の1ほど。自宅の本棚にずらりと並ぶ文庫本は3代目です。
大人になった今でも、読書は生活に溶け込んでいます。歯磨きの間も活字を追い、旅行にも持ち歩く。持ち運びやすく、片手でページをめくれる文庫本は便利ですが、装丁が楽しめる単行本の方が好きだといいます。
「書肆みず盛り」の本が売れ、一緒に並べた事務所の案内がなくなると「少しずつでも知ってもらえていると感じます」。
「本って扉に似てませんか?」
「扉の本質のひとつは違う世界に行く」こと。
置かれた本は、一冊一冊が、人と自分をつなぐ小径の扉です。
最近は間借り先のオーナーから本のリクエストをされることも増えてきました。音楽、食べ物など、これまでの自分では選ばなかった分野の本を手に取る機会も多くなっています。
「あ、俺、こういう本も好きなんだ」
新たな本に出合うたびに、思わず声を上げてしまう自分がいます。
「違う世界に行く楽しみは、自分自身が耕される感覚に似ています」
本と建築を「触媒」にして、山下さんの旅は続いていきます。

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池波正太郎作品の中でも「黒白」が一番。

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山下 桂樹(やました けいじゅ)
CATALYZE DESIGN代表。
1979年、岩手県花巻市出身。
20歳で上京して建築の仕事に就き、
2010年独立、2012年に岩手にUターン。
住宅・店舗・事務所の設計デザインに従事。
好きな建築家はアルヴァ・アアルト、
ユハ・レイヴィスカ、吉田五十八、永田昌民。
web:
CATALYZE DESIGN/http://www.catalyze-design.com/
書肆みず盛り/https://www.booksmizumori.catalyze-design.com/

編集後記
取材前に雑談をしていた時です。
「どうしてこのブログを始めたんですか?」と山下さんから聞かれました。
答えると次の質問へ移り、それが何度もくり返されます。
相手を知りたいと思う気持ちと小さな質問を重ねていく姿勢が、とても印象的でした。
「寄り添う」とはどういうことか。
施主の願いを深く汲み取ることに苦心してきた跡を、ほんのひと時、見せていただいたように思います。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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