見せてくる石碑 #02

(続き)

あの時からたまに、Bさんの頭の中に
誰かが怪我をする映像が流れてくるようになった。
街を歩いている時や仕事をしている時、
食事中などに、前触れもなく事故の映像が視えるのである。

(なんだこれは……?)

最初はストレスが原因の精神医学上の症状だと思った。
けれども、そうではなかった。
それらは全て、実際に起こった出来事らしかった。

ある日テレビを見ていると、
あおり運転をしたドライバーが自滅して死んだ、
というニュースが流れてきた。
そのドライバーの顔写真が映された時、
Bさんは思わず「あっ!」と声を上げた。
見たことがある。
その前日Bさんの脳裏に、
その人物が運転する車がなにかに衝突する映像が流れていたのだ。
Bさんはその人物と面識がない。
一方的に知っているわけでもない。
全く無関係の人間が事故に合う映像を、自分は見ている。
再生されるはずのない映像が、視界の中で再生される。

(頭の病気とかじゃなさそうだな……)

その後もランダムなタイミングで、
人が怪我をする映像が生々しいリアルさで目の前にちらつく。
寝ている時にも視えることがあって、それはとりわけ最悪だった。
夢の中で再生される映像は、音声付きだ。
それも視える時間が起きている場合より長く、
前後数分のなりゆきをテレビドラマのような形で見せつけられる。
その間、軽い金縛りにもなる。
全く動けないわけではないが、体が重く、呼吸がしにくい。
胴体の上に、小さくて生暖かい何かが乗って
じっと自分を見ている感覚がある。

(なんなんだよ……勘弁してくれよ……)

そう思っても、映像は流れ続ける。
Bさんはさらに念じた。

(ひでぇなぁ……その人たちが何したっていうんだよ……)

別に、本気でそんなことを知りたかったわけではない。
愚痴半分に出た言葉だった。
が、Bさんの上に乗っている何かはそこに関しては、
なるほどもっともだと納得したらしかった。

新しい映像が流れてきた。
さっきの映像で事故にあった男性が、街を歩いている。
背景に見覚えがある。春に花見をした場所だ。
その公園と接している歩道を、
彼はタバコを吸いながらフラフラと進んでいく。
下校の時刻らしい。
まだ背が大人の腰ぐらいまでしかない、
可愛らしい小学生のグループとすれ違う。
その時だった。
「あっ」とその中の一人が声を上げてうずくまった。
男性が振り返る。
うずくまった女の子が火傷をしたらしい。
頬に鮮やかな赤いミミズ腫れができている。
女の子の喉の奥から、きしむような泣き声が漏れ始める。
男は火のついたままのタバコを植え込みに捨て、
足早に歩き去る。

(歩きタバコで子供に火傷させたのか……
 それも女の子の顔を……)

Bさんの胸にふつふつと怒りが湧き上がってきた。

そんなBさんの頭の中に、またさっきの事故映像が流れてくる。

別の日、どこかのみすぼらしい工場の中。
男性がやる気がなさそうに働いている。
頭上の通路の手すりからパラパラと剥げた塗装の塊が落ちてくる。
男性は邪魔くさそうに払い除ける。
それでもまだ降ってくる。
顔をしかめて体を横にずらしたその時だった。
彼の袖が、操作していた機械に巻き込まれた。
一瞬の出来事だった。
回転していたシャフトが、服ごと彼の指をもぎ取っていった。
五本全部だ。
手首の根本から肉を裂いて、
中の筋と骨を持ち上げるようにして持っていった。
どこか滑稽な絶叫。
肉の赤、骨の白。
加えて、割れた骨から出る黄色い液体や
太い血管の青い色が彩りを添える。
遠目に見ると、腕の先にクリスマスツリーの飾りでも鷲掴みにして
大声ではしゃいでいるようにも映る。
楽しいお祭り状態になった手は、先の映像で
男性がタバコを持っていた側のものだった。

(ははぁ、こいつはいい気味だ……!)

顔を火傷して泣きはらしている女の子の顔が浮かぶ。
そうだ。当然、こいつにはそのぐらいの報いがあってしかるべきだ。

(お前、いい仕事したんだなぁ……!)

Bさんが心で熱烈な快哉を叫ぶと、
胸の上の何かは満足したのか、
温かい感触を残したまま、フッと消えていった。
……なるほど、正義の味方だったのか。
今までの映像で事故にあっていた人間たちも、
きっと以前に同じくらい悪いことをしていたのだろう。
おそらく、公園にあったあの石の、目の届く場所で……。

(続く)

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