柱魂(はしらだま)

――こんな話を聞きました。

まだ映像メディアとして、ビデオが主流だったころの話です。
90年代初め頃と思ってください。

少しやんちゃな青年グループが、キャンプに行きました。

仲間の1人が、買ったばかりのビデオカメラを持ってはしゃいでいます。
当時は最先端の機器で、手元にあるだけでテンションが上がるようなアイテムだったんですね。

彼らは、山の中腹にあるキャンプ場を素通りして、さらに奥の方に車を走らせていきました。道の限界まで登りきったところに穴場がある、と聞いていたからです。
そういう場所でなら、周りを気にせず夜通し大騒ぎできる、という心づもりでした。

道を登りきったところに、その穴場はありました。

ほどよく平らな場所で、小学校の運動場ほどの広さがあります。
そのスペースの半分では、上流から流れてきた川が、澄んだ水をたたえた池を作っています。もう半分が玉砂利を敷き詰められた河原で、雑草も全く生えておらず、まさにキャンプにうってつけの空間でした。

話は本当だったんだ!

山道と河原の間には、青々とした真新しい太い縄が張られていて、彼らの行方を阻んでいました。

「あー、やっぱ立ち入り禁止ではあるんだ? どうしよっか……」

車を手前で停めて、キャンプ道具だけ運び込もうか……とも思いましたが、山道は不安定で、長時間停めておくと柔らかい山の土に車輪が沈み込んで、抜け出せなくなるかもしれません。それに、わざわざ縄を越えてかさばる道具を運び込むのはかなり骨が折れそうです。

彼らは意を決して、縄を取り除くことにしました。ちょうどナタを持ってきていたので、それを大きく振り上げて、勢いよく叩きつけます。
なにぶん太かったもので、簡単には行きませんでしたが、何度も試行錯誤した結果、どうにか縄は切れました。
彼らは縄と、そこにひらひらとぶら下がっている、稲妻のような形に段々状に折り曲げた紙を引き抜き、道の脇に押しやり、自慢の4WDを乗り入れました。

そうして、青年たちのキャンプは始まりました。

彼らははしゃぎ周りました。
火を起こし、魚を取り、テントを張り、夜には大音量で音楽をかけて踊り続けました。

そういう一連の様子を、彼らはビデオに撮影していきました。

それから、テントで浅い眠りを経て、朝になって、そろそろ帰るかと道具をしまって……、山を降り……。

心地よい疲労感を残して、キャンプは終わりました。

後日、あのときのビデオ確認しようぜ、と、彼らは仲間の1人の安アパートに集まって鑑賞会を開きました。当時の撮影機材では、まだ、撮ったその場で映像をチェックすることができなかったのです。

わくわくしてテープを入れた彼らは、しかし、
再生画面の中に、驚くものを見ました。

河原ではしゃぐ彼らの周囲に、見覚えのない無数の男女が映っています。

彼らは皆裸で、貧相な体つきをしており、冴えない顔つきにうつろな目をして、ただぼんやりと思い思いの方向を向いて立ちすくんでいます。

「…………なんだ、こいつら?」

トリック映像だろうか? 撮影した仲間がいたずらをしているのでは?
との声も出ましたが、もちろん本人は否定しますし、そもそも90年代初頭の技術でそんなものが作れるはずがありません。

というのも、ただ男女が立っているだけならともかく、画面の中の青年たちは無意識にその存在を認識しているようで、びっしりと立ち並んだ男女の間を通る際、体を横にしたり背を丸めたりして、縫うように動き回っているのです。
男女を合成するだけならともかく、事情を知らない青年たちにそんな動きを取らせることはできません。

男女を意識して避けて回っている青年たちとは対照的に、
男女の方はカメラも青年たちも全く意に介していない様子で、誰一人カメラに視線を向けてはいませんでした。まるで同じ空間にいても存在そのものは別の世界にあるかのようです。

ビデオを見る青年たちの胸に、やがて、なんだかぼんやりとした、重々しい不安が湧き上がってきました。

「……これ、やばくない?」

仲間の一人が言いました。
どうする? という話になり、やっぱり、お祓いだろ! という意見が出て…………。

彼らは、最寄りの神社に向かうことにしました。

夕方の6時くらいで、長い夏の日も、さすがに沈みかけています。
今からいってお祓いを受け付けてもらえるかどうか、微妙な時間です。

青年たちは安アパートの部屋の廊下を競うように通り抜け、階段を転げるように降り、車に乗り込んで…………。

神社につくと、ちょうど薄い青緑色の袴を履いた神主さんが境内を歩いているのが目に入りました。
青年たちは神主さんをつかまえ、事情を説明します。

「……それで、そのビデオ持ってきてるんです。見てもらえますか?」

と、仲間の1人が言いました。

「まあ、社務所にビデオデッキがありますけど……」

神社の人は随分迷惑そうな顔で差し出されたビデオを受け取る素振りも見せず、質問してきました。

「そのみなさんの行った場所って、
 XX貯水池を登ったところじゃないですか?」

青年たちの体がビクッと震えました。場所がどこかは伝えていなかったのに、神主さんはピタリと言い当てたのです。

「ええ……ええ……そうなんです! あの、そこって一体……!?」
青年たちはブンブン首を縦に振り、いかにもなにか知っているらしい神主さんから事情を聞き出そうとしました。

「その前に、ですね…………」

と、神主さんは彼らを制して指をさします。

「みなさん、その腕、どうしました?」

はてな? と青年たちは首を傾げました。

そのとき初めて気が付きました。

まだ残暑の厳しい折、半袖のシャツを着ていた彼らのむき出しの腕が、みな軽く擦りむいたり、白い粉で汚れたりしています。

神主さんは言いました。

「みなさん、さっきアパートでビデオを確認した、といいましたね?」

「あ……はい……」

と青年の一人がうなずきます。

「その、ですね……アパートの廊下とか、階段を降りたりしてくるときにですね、無意識に体を壁に擦り付けたんじゃないですかね?
 それで擦りむいたり、コンクリートの粉がついたりして…………

 つまりそのー……例えば、そこにびっしりと並んでる人たちを、無意識に避けて通るために……」

青年たちの顔が、みるみる青ざめていきます。

「…………手遅れですよ」

神主さんは、冷たく言い放ちました。

――これで、この話はおしまいです。

「それにしても、あの手の……なんていうか、やんちゃな人達って、びっくりするような常識的なことを知らないものなんですねぇ……」

と、この話を語ってくれた神主さんはいいました。

当時のことを思い出し、呆れたように、また懐かしむように境内を眺めやる神主さんの視線の先には、昼の穏やかな光に照らされて、青々と力強くねじられた大きな縄がぶら下がっています。

「まさか、しめ縄を知らないなんて、ねぇ……」

風がそよぎ、爽やかな白さを称える段々状の紙が、縄の下でひらひらと、まるでその場を清めるように、気持ちよく揺れています。

数十年後の、夏が始まる時期でした……。

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ご覧いただきありがとうございました。

こちらの作品は、榊原夢さんの「集まれ!怪談作家」企画でゲスト賞を頂いたお話です。かすみみたまさんが朗読してくださっているので、ぜひそちらも併せてお楽しみください。

https://www.youtube.com/watch?v=N5DQZOJN3Fg


また、当作品を配信・動画投稿など朗読元としてご利用をお考えの方は、
こちらのガイドラインをご参照下さい。

https://note.com/tsukiharuwagami/n/n7065198a0010

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