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黒い影

(この記事はフィクションです)

 少し前から生活費の足しになるかと思い、インターネットでできる仕事仲介サービスを始めた。
 しかし単発の仕事は経験者が優遇され、そこまでうまい話はないなと思っていた。

 覚えのないものが私のアカウントで出品されていた。

【タイトル】
あなたの映像に黒い影が現れます

【キャッチコピー】
さまざまな映像に黒い影を登場させる

【サービス内容】
映像をご用意ください。
黒い影を登場させます。

 

 姉の塩漬に聴いてみると、

「あれ、月這の発案じゃねえの? 面白いと思ったんだけど」

 などと言う。

「まあAE一本で作れちゃうような内容だし、発注が来たら考えよう」

 いいかげんな話ではあるが、同じようなコンセプトのホラー動画を見たこともあるし、需要はあるかも知れない。
 塩漬はこれをXのアカウントでも宣伝していた。私は彼女のいたずらではないのかと疑った。

 そうして私たちは、放置してしまったのだ。


 しばらくして、メッセージが来た。

『黒い影の動画はすばらしい。もっと広く宣伝するべき』

 

 規約上内容を公開することはできないが(また二十行に及ぶ長文だったためでもあるが)要約すればこうとしか言いようがない。

 私は塩漬に相談した。

「凝った迷惑メッセージだな」

 彼女はマウスを奪い取って瞬く間にブロックしてしまった。

「話くらい聴いてあげたら」
「時間の無駄じゃい」

 私はふと、窓の外に気配を感じた。
 カーテンを開く。

「どした?」

 窓の外には何もいなかった。
 心配する塩漬に私は頭を振る。

「ううん、たぶん聴き間違い」
「ならいいけど」

 その夜は何も起こらなかった。


 異変があったのは昨日の夜だった。

 帰りが遅くなった夜、いつもの道を歩いていると、街灯の下に人影があった。
 塩漬が迎えに来てくれたのかと私は思った。
 しかし、顔が見えない。

 その姿はなによりも真っ黒だった。空間を切り取ったかのように。

 考える前に私は走った。

 大通りへ出て人ごみに紛れた。普段は忌避する他人の気配にも、この時ばかりは安心した。
 あれはなんだったのだろう。

 それからあの出品物のことを思い出した。


「削除しよう」

 帰宅してすぐ。
 私はスマホ画面にあの黒い影のページを映し、塩漬に言った。

「いいじゃん別に、実害はないんだし」
「あったの実害。道にこれが居て」
「襲われたわけじゃないっしょ?」

 私はしびれを切らして、スマホから編集ボタンを押した。
 それからアーカイブのリンクを探す。

「……ない」

 いくら探しても見当たらなかった。
 エラーだろうか、再読み込みを押す。他の出品物の編集ページも確認する。受付け休止も探す。

「この出品物だけ消せない」

 私と姉は茫然と、画面を見つめるだけだった。



 今も気配がするのだ。

 仕事をしている間も、帰り道にも、飼い猫の隣にも、姉と話している時も。

 帰りの駅のホーム、ふと空を見上げた。


 

 逃げることはできない。



この記事はフィクションです。
黒い影が欲しくなったあなたは、以下のリンクへ。

 


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