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こぼれたワインが知らせるいくつかの現実(1)

「お前は紛れもなく女なんだよって、
こぼれたワインが私に知らせるの」
梨花子はそう言って顔をゆがませ、ため息をつく。
ワインは比喩で、赤ワイン=月のモノって事らしい。

「へぇ。いいじゃない。順調で。なんで落ち込むの」
と私は返しながら、もう次に梨花子が言うセリフを知っている。

「わたしね、女って大嫌いなのよ。男に産まれたかったな〜」
ひんぱんにこのセリフを繰り返す梨花子は、実は同性愛者なのかもしれないと、本気で思う。
パスタを食べる、梨花子の細い指先を見つめながら様々な彼女の裏の姿を想像してしまう。

昼どきのイタリアンレストランは、女性客で満席だ。
女性が好きそうな調度品、壁材、床板の素材、、、。

周りを眺める振りで、
梨花子と食事時にふさわしくない話題に花を咲かせながら思う。
梨花子は本気で性別を憂えているのだろう。

私は職場の梨花子しか知らない。
一日中、空調機の修理の電話受付をする慌ただしい空間での「友達」。

この慌ただしい職場での、9時間だけの「友達」なのだ。
プライベートは積極的には明かさない。
理解もたいしてしあわないけど、他愛ない会話はするし、誕生日にはちょっとしたプレゼントを用意したりする。

女同士の「仲良しごっこ」の典型だ。

そして、それは私にとっては都合の良い事だ。
何故って、私は梨花子に近づくためにここに来たのだから。

梨花子の彼は、私の恋人だ。

続く


#小説 #短編 #恋愛

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