関係を修復するために、奔走した時代がありました。その結果、諦めるということを学びました。

実は、こんな僕も、家庭の関係を良くしようと頑張った時期がある。
信じられないことだが、両親の仲を取り持って、なんとか平穏が訪れるように頑張ったのだ。

意外かも知れないが、育つ環境は平和な方が良いに決まっている。
もしかしたら、僕はいい奴なのかも知れない。
父とはほとんど喋ったことはないが、母とは一言二言喋ることはあった。喋ると言っても、気分の悪い返事というか、指図をされるだけだが。

その中で、もっとこうするべきだ、ということを訴えた時期がある。
その方が人間の生活にとって良い、と大人に訴えたのだ。
もちろん、こんなものは書くほどのことではない。そんなことを訴えたところで、何の意味も無いからだ。
今思うと、価値はあったように思う。
大人を前に子供が行動をしたのだ。良い経験になったし、自分を誇りにも思う。

それにしても、悲しい世の中だ。
子供が大人のために奔走したり、「争いごとはやめて!」と盾になったりすることもあると聞く。
大人なのか子供なのかもわからないような「成人」なるものが、自分の欲求のためだけに生きているなんてことも、ざらにある。
そういうことを見越して、出生率も下がっていく。僕たちの側も大人になり、自分に子供なんて育てられるわけがない、と自覚している。
少なくとも、そう思っている。
なんて利口な若者たちだろう、と感じる。

日本の人口がこのままでは危機だ、という議論は数十年にわたって繰り広げられてきた。
どうだろう。このままでは日本は沈没するのか。
短絡的に考えているわけではないが、僕は「それの何がダメなの?」と考えるタイプだ。
滅べば良いとか、滅ぶようにしようとまでは思わないけれど、自然にいなくなる人種というのがいても、何ら不思議ではない。
それが人間の選択というもので、なぜそれに歯止めをかけなければならないのかの方が、むしろ謎である。

生き残ってきた最後の世代、日本の最後をどう終わらせるかという問題があるだろうが、考え方としては別に間違っているわけではない。
「なぜダメなの?」という意見は、

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10分もかからず読める。つまり、なんか読書した気になれます。「気になれる」ということが大切。この世の全ては「錯覚」ですからね。

最低でも、月の半分、つまり「2日に1回」更新します。これはこちらの問題ですが、それくらいのゆとりがあった方が、いろいろ良いかと。 内容とし…

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