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墨のゆらめき【94】

 小さなホテルに勤める続力(つづき・ちから)は、顧客の「お別れの会」の案内状の宛名書きを依頼するため、街で書道教室を営む遠田薫(とおだ・かおる)のもとを訪れる。遠田はなにやら過去のありそうな男だが、さまざまな筆跡を自在に書きこなす腕前の持ち主だった。続が文面を考え、遠田がそれを書き記す形で、二人は協力して手紙の代筆業をはじめることになるのだが――。
データベースより

文字の持つ力

子どもの書道教室での一幕。
お題は『風』
この教室では「お手本は参考程度にして、それぞれ自分の思い描く風を書け」と指導する。
窓を開け放ち「いま体に感じた風を書け」と。
そして、子どもたちは見事に自分の『風』を書いてみせるという場面だ。

私の身の回りには書道の有段者が多く『笑』という書を見たときのことを思い出した。
「この文字、本当に笑っている」と感じた。
流行の「己書」のようなアーティスティックな文字ではない。
とめ、はね、はらいの基本を守り、均整の取れた綺麗な文字。
なのにその文字は、書いた本人と同じ女子高生のように、楽しそうに屈託なく笑っていた。
見ているこちらも、思わず笑顔になってしまう。
そこにあるだけで人の心を動かすことができる、文字にはすごい力があるものだ。


代筆屋

代筆屋という職業があることは、過去に観たドラマで知った。
差出人に替わって手紙を書く仕事。

手紙は「自分で書いてこそなのでは」と思っていたが、優秀な代筆屋にかかれば、差出人の想い以上に想いのこもった手紙が書けるのだと感動したものだ。
アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』も代筆屋だった。
毎回泣いた。

作中の代筆の場面では、「パンダが地球外生物だったことに気づいた」件が秀逸だった。
パンダであそこまで話が膨らむとは。
声を出して笑ってしまった。


いじめっ子に絶縁状

代筆の依頼主(三木遙人)は、書道教室の小学生。
教え子がいじめを受けていることを知り、早合点した遠田が書いた絶縁状がよかった。
絶縁状をたたきつけていじめっ子と関係を絶つ。
なんて素敵なアイディアだろう。
結局、この絶縁状は不要なのだが。

いじめを知った担任は、当該者をみんなの前に立たせて「これからは仲良くすること」を約束させようとする。
だが、同級生のツチヤは、悪いのはいじめっ子たちであり、彼らの目にあまる行動を動画に撮っていて、そろそろSNSに拡散しようと考えていると。
先生がすべきは、彼らの行動の監視だと、先生を言い負かしてしまう。
私は小学生のとき同様の経験をしたので、ツチヤの利口さに快哉を叫んだ。
「先生」はクラスのみんなを仲良くさせようとする。
だが、みんなと仲良くする必要があるのか。
みんな違う考えを持っているのだから、気の合わない人と関わらないのは、平和にクラスを運営する上での最善策と思われる。
「平気で人を傷つけるやつと仲良くしてやる筋合いはない」という遠田の意見にも激しく同意だ。
私にも賢い級友や絶縁状を書いてくれる大人がいれば、どんなによかっただろう。

遙人とツチヤは親友になるが、ツチヤが引っ越すことになり、お別れの手紙を書きたいというのが、代筆依頼の内容だった。


名コンビ

遠田の過去を知ることとなり、二人の関係はもはや修復できないかと思われた。
だが、遙人の助けもあり遠田の懐へ飛び込んでいくことができた続は、遠田と真の友情で結ばれる。
人と人とが結びつくには、時に勇気をもって気持ちをぶつけることが必要なのだな。

名コンビになった二人の、さまざまな代筆エピソードが知りたい。
続編を希望する。
本当は活字で読みたいが、オーディブル専用の書き下ろしなので、それは叶わないかも。
ならばドラマ化はどうだろうか。
期待したい。