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飼い喰い〜三匹の豚とわたし【26】

自分で豚を飼って、つぶして、食べてみたいーー。

  世界各地の屠畜現場を取材してきたイラストルポライターが抱いた、どうしても「肉になる前」が知りたいという欲望。(中略)受精から立ち会った中ヨーク、三元豚、デュロック三種の豚を育て、屠畜し、ついに食べる会を開くに至る。

畜魂碑

  食肉として殺された家畜のための慰霊碑。畜魂碑を建てるという文化を持つ国は、日本の他にはない。畜産・食肉に関わる人たちによって慰霊祭が行われている。

   欧米人に畜霊(魂)碑について話すと信じられないとばかりに笑われる。かわいそうだから鯨を食べるなと言うくせに。鯨なんか、最上級の戒名が付けられて葬られているところだってあるのだが。

何がかわいそうで何がかわいそうでないか 

  飲み屋の女性たちにも「ペットみたいにかわいくなっちゃったらかわいそうじゃなーい?ちょっと残酷・・・」と何度も言われた。
  一方でこの町は漁港でもあり、イルカの肉が出回っていた。今もたまに売っているという。彼女たちに「イルカ食べるの?」と聞くと、「ああ、大根と煮るのよ」という答えが平然と返ってくる。アメリカ人やオーストラリア人が聞いたら飛び上がるだろうに。
  周りの反応を聞けば聞くほど、結局は何がかわいそうで何がかわいそうでないか、何を食べて何を食べないかという基準のもとになるものが、わからなくなる。なのにほとんどの人は、それを絶対的な確固たるものだと思い込んでいる。時にはタブーであるかのように、騒ぐ。実に不思議だ。

畜産における有機的な豊かさ

 「健やかに育て」と愛情をこめて育てることと、それを出荷して、つまり殺して肉にして、換金すること。動物の死と生と、自分の生存とが(たとえ金銭が介在したとしても)有機的に共存することに、私はある種の豊かさを感じるのだ。

奇妙な感覚

  噛み締めた瞬間、肉汁と脂が口腔に広がる。驚くほど軽くて甘い脂の味が、口から身体全体に伝わったその時、私の中に、胸に鼻をすりつけて甘えてきた三頭が現れた。彼らと戯れた時の、甘やかな気持ちがそのまま身体の中に沁み広がる。
  帰って来てくれた。
  夢も秀も伸も、殺して肉にして、それでこの世からいなくなったのではない。私のところに戻って来てくれた。今、三頭は私の中にちゃんといる。これからもずっと一緒だ。たとえ肉が消化されて排便しようが、私が死ぬまで私の中にずっと一緒にいてくれる。

【感想・行動】

  冒頭から感動しました! 
  食肉になる動物たちのために慰霊碑を建てて、定期的に慰霊祭をしてるんですね。しかも出席者は全員喪服の、正式な慰霊祭です。殺虫剤を作る製薬会社に、蚊や蝿の慰霊碑があるのは聞いたことがありました。奈良県上北山村にあるゴキブリの慰霊碑「護鬼佛理天」は有名ですしね! 鯨には戒名を付けるって… 日本人て、面白い民族だなぁ…人間の都合で殺してしまった命(大きな動物から昆虫まで)に対して、等しく敬意を払うなんて、世界に誇れる文化だと思いますけどね。こういうこと、学校で教えてくれてるのかなぁ? 
  「子どものように愛情を持って育てた家畜が、殺されて食肉になっていくことを、畜産業者さんたちはどのように思っているんだろう?」グルメ番組を見る度に、そんなことを考えていました。でも、この本を読んで、畜産は、そんな表面的なかわいそうとか、かわいそうでないとかで語ってはいけないのだと思いました。いまは上手く言語化できないけれど、すごく深いところの話。心に留めておこう。
  これからは、肉になった家畜だけでなく、その向こうにいる様々な職人さんたちにも感謝して、いただきたいと思いました。食べ物だけじゃないですね。いろんなモノや人に感謝しなきゃ。

  この本は『もう1冊くらい借りたいなぁ~ でも、そろそろ出ないと30分過ぎるしなぁ~(図書館の滞在時間が30分と書かれているので)』と、半ばうわの空で手に取ったものです。でも、大当たりでした!
ええ本でした~。ごちそうさまでした!

#読書記録  #自分軸読書 #屠畜 #食育