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三密世界における孤独の再発明 (ゲンロンSF創作講座(裏)第1回梗概:ボツ案

梗概

 密閉・密集・密接、三密を避けることでウィルスへの感染拡大を防止した時代を懐かしむ人もいる。50年前から急速に蔓延したフェストウィルスは、人類に厄災ではなく、共進化する免疫系をもたらした。感染力の非常に強いフェストウィルスは、感染経路で取り込んだヒトDNAの多様性に応じて変異し、生存時間を伸ばす。変異を経ることでヒト免疫系も強化され、他ウィルスに対する防御能力が獲得される。
 フェストウィルスの生存時間は短く、三密を1つでも欠いた状態に晒されれば、30分もせずに死滅し、ウィルスの補助を失ったヒト免疫系は機能不全に陥る。それ故に、三密を保って暮らさねばならない。
 ウィルスは文明と文化を進化させる。不特定多数のDNAを取り込み、ウィルスを進化させることは健康法であり美徳だ。富裕層は地下深くに住むのがステータスで、深い家に貧しい者たちを住まわせて、アリの群れのように暮している。密閉状態で快適に暮らすための様々なアロマが、街を隈なく覆っている。調香師は子供たちの憧れだ。庶民は満員のモビリティや電車で移動し、パーティーへ夜な夜な赴き、大勢と時間を共にする。皆が使う非接触確認アプリは一人の時間が長い者をリストアップして、周囲に誘い出すように通知する。
 デバイスで三密状態は監視され、疎な場所への侵入は警告の対象である故、都市以外の場所は衰退した。孤独もまた葬られた。一人や少人数での旅は命の危険が伴う上、旅人が新種の病原の感染者として都市へ帰還するリスクを伴うため、文化としてほとんど滅んだ。
 一人旅再生研究所の技師、タビトは孤独な一人旅のためのギア作成で生計を立てる。擬似的な密閉空気を作り出すボンベ、三密センサーを欺き、旅行者を大人数と誤認させるための空気人形や錯視迷彩、密集状態の寝室を模倣する模造肌製の密閉寝袋。密かに生きる孤独愛好家たちが彼のギアを利用する。ギアの完成度は十分でなく、遠距離航行はできない。パトロンの新進気鋭の調香師のレイと共に、自由な一人旅文化の再生を目指し、日々ギアを改善する。
 冬の日、ギアの試運転がてら、打ち棄てられた地方都市の図書館から貴重書を回収したレイは、帰り道に自警団に拘束される。東京への送還後、自警団に不安を煽られた民衆からの苛烈な中傷と実力行使を受け、レイは負傷し、貴重書は燃やされる。民衆の非難の矛先は研究所や顧客にも向き、一人行動の規制の声が高まる中、自警団の研究所メンバーの特定と攻撃が始まる。
 身の危険が迫る中、タビトはギアを急ピッチで進化させ、無補給での九州南端までの航行を可能にし、都市生活を捨てることを決意した者たちと共に厳戒態勢の東京を脱出する。攻撃を受け途中で故障停止したギアを外した彼は、新種の病原への感染による死を覚悟するが、雪化粧した純白の富士山の祝福受つつ、清浄な息を深く吸って、仲間の待つ地点を目指し歩き始める。

アピール文

 密閉・密集・密接を避け、新しい生活様式に切り替えよう。COVID-19のもたらした災禍は、私達の行動スタイルや文化に変化を突きつけた。音楽ライブ、演劇、パーティ、三密状態を前提としたある種の熱狂を味わう文化の受けたダメージは計り知れない。「病気の社会史」(立川昭二)が描くように、病気は常々、文明の影に入り込み社会を変化させた。ウィルスはヒト社会を知覚しないが、ヒト社会の弱点において繁栄する。コロナ後の世界では三密を避けすぎることが弱点ではないか。いつかそれにつけ込まれ、逆に三密を強いられた場合、私達の文化の何が危機に瀕するだろうか?恐らくはひとりの文化だろう。一人旅や静かな読書の時間は反社会的行為となる。賑やかな三密社会では、社交性の低いものは生きづらい。それでも、孤独を愛する者は技術の助けを借りて生きていくだろう。仮に、群れて同調しなければ生きられないならばウィルスなのはどちらだろう?

ひとこと

​ボツ案をnoteに投稿することにしました。第一回のお題は「旬のネタでSF小説を書く」でした。大統領選、BLM、ロジャー・ペンローズ、CRISPR、このあたりも扱いたかったですが、調べる時間が足りませんでした。三密の世界、密集しなければ生きていけないとしたら、僕たちはどういう場所に住むでしょうか?富裕層がタワーマンションではなく、地下に住むようになったら面白いですね。歩くときは皆で手をつないで、換気の悪い部屋は古くから伝わる香りの技術で華やかにして過ごしやすく。人はきっと、どの時代でも、技術を使って明るく暮らしていることでしょう。

本投稿に回したものはこちらトーキョー2020、予定通りに

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