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浜辺の松:文体の舵を取れ:練習問題1-1


 千を超える数のみどりの繊細なヘアピンたちが赤褐色の幹から伸びる枝の先から真っ直ぐに背を伸ばしている。いくら風が呼んでも振り向くことなんてない。誰も気づかないうちに、かたくかわいた足もとにすっかり似てしまって、しなやかな若い頃のことなんてすっかり忘れてしまったのか。寡少な爽快をかきたてる弱くやわらかい風が夏の宵のむわりとした湿り気を掬い分けるように歩き去っていくのが見える。指でひとつのヘアピンをつまんで引くとそれは、プツとひとつ音をさせて掌の中で怯えることもなくじっとしてる。指のはらを突くとなんだか硬くて、少しだけ痛い。そんな痛みはいかに時を経ても変わることがない。かたくなであること、かわらないでいること、かわろうとしないこと、うつろわないこと。澄清さを隠してしまう曇天にはいらだちを覚えざるを得ないこともあるのに、彼らはそんなものには動じない。かたくなになってからも遥かに長くを生きる。千歳の永きにそのみどりを、いつでも、いつまでも。繊細であるが力強く。むしろ、それ故に力強いのかもしれない。寡細くもただ伸びるその簡潔さに時の長さが宿るから、わたしも包み隠されたその時間の香りを吸おうと、ひとつに鼻先を寄せてそっと息を吸った。あのひとにまた会えるくらい、永く生きられたら良いのに。

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