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やさしい物理講座ⅴ80「メスバウアー効果の解説」

今回は表題のメスバウアー効果に焦点を当てて報道記事を紹介する。
     皇紀2684年6月18日
     さいたま市桜区
     理論物理研究者 田村 司

はじめに

 1958年にルドルフ・メスバウアーによって発見された結晶体状のガンマ線放射線源とその吸収体の間に発生する共鳴吸収現象を言う。 メスバウアー効果により、光のドップラー効果を極めて高い精度で検出することができるようになった。また、分光法の一つの手法であるメスバウアー分光法の原理でもある。

Mössbauer(メスバウアー)効果測定による物性研究

Mössbauer(メスバウアー)分光法は、原子核の周辺の電子系超微細相互作用を通して原子核のエネルギー準位に与える影響を、無反跳核共鳴吸収効果を利用して鋭敏に捉える事で、電子系の情報得る事が出来ます。

 電子系の測定のために原子核を通して測定するメリットは何でしょうか?
 一つは、測定しようとする電子系を直接観測しないため、測定しようとする対象に与える影響が殆ど無視できるところです。
 もう一つ重要な点は、元素(同位体)を特定して測定が可能なことです。
 現代の先端的な物質科学では鉄や銅などの金属単体についての研究を行うことは稀で、幾つかの元素から構成される化合物についての研究が多くなっています。単体の物質を研究するにしても微量の元素を添加するなどして、その性質を変化させたりしています。 このとき、物質全体の情報を得ることは重要ですが、それにとどまらず各々の原子がどのような状態になっているかを調べることがその物質を理解するためには重要になってきています。 このとき、原子核の励起エネルギーそれぞれの原子核で異なっており、さらにメスバウアー効果のところで説明したように線幅が大変狭いため、違った原子核を同時に測定しないように出来ます。 つまり、原子核を通して測定することで、元素(正確には同位体)を特定して各原子の電子状態を測定することが可能となるのです。左下の図はFをドープすることによって超伝導を発現する高温超伝導体の母物質であるLaFeAsOです。 この物質には4種類の元素が含まれていますが、ドープによって超伝導を発現した場合にはFeが超伝導と大きく関連していると考えられています。メスバウアー分光法では、この物質の中でFeの状態だけを観測することが可能で、右下の図は4.2Kで測定したFeのメスバウアースペクトルです。 これからFeサイトが磁性を有していることが分かります。

ここで、元素と同位体の違いをもう少し考えてみますと、例えばFe元素についてですが、自然界には同位体として54Fe、56Fe、57Fe、58Feが存在しています。 この違いを有効に利用出来ないでしょうか?左の図は、FeとCrの金属多層膜を示しています。多層膜は先端的なスピン・エレクトロニクス分野や光学分野などでも盛んに利用され研究が行われているもので、組み合わせる元素や厚さなどを変えることで新しい機能を持たせることが出来るものです。 ここで、例えばこのような多層膜において”Cr層との界面”と”Fe層の中間部分”の違いを測定したいとしたらどうでしょうか?先ほど、原子核を区別して測定することが出来ると書きましたが、57Feだけを測定することにして、 下の図のように1原子層だけを57Feにした試料を用意すればこれらの違いを明確に区別可能です。 これらのスペクトルは明確に違ったスペクトルとなり、それぞれの電子状態を明確に異なっていることを明らかにすることが出来ます。

このように、原子核と通して電子系を測定するというアプローチですが、”違ったアプローチにはそれぞれ違った特徴”があるもので、それを活かして行ければと考えて研究を進めています。

Mössbauer(メスバウアー)効果測定法

Mössbauer(メスバウアー)効果測定では、測定をおこなう同位体の基底状態に遷移する準位を持つような放射性(RI)同位体をγ線源として用います。 このγ線を測定試料に照射し、透過してきたγ線を検出器で測定します。 このとき超微細相互作用によって準位が分裂したりシフトする効果を見るために、エネルギースキャンを行いますが、それにはγ線のエネルギーに対するドップラー効果を使います。 このエネルギースキャンによって、γ線源と測定試料の共鳴準位がちょうど同じになったときに、試料によって吸収が起こります。 吸収されたγ線は再びγ線として放出されたり、γ線の代わりに(内部転換)電子として放出されたりします。 再放出されたγ線の方向は(同方向のものもありますが)全方向に放出されるので、エネルギーが違っていた場合に透過してくるγ線よりも少なくなります。 このようにしてγ線のエネルギーを関数として透過γ線強度をプロットすると、エネルギーが同じになったところで吸収によるディップが現れます。 これがメスバウアースペクトルと呼ばれるものです。慣習的には、横軸のエネルギーをドップラー速度で表すことになっています。

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ドープとは

もともと存在する原子の一部を別の原子で置き換える事をドープと呼ぶ。
ドープされた原子と隣接原子の結合は、本来の原子の場合の結合に準じるが、電気陰性度の違い等により変化する場合がある。 (イオン結合性が増すとか共有結合性が増すとか)
このように、結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加することをいう。

メスバウアー分光(大同大学 教養部 酒井陽一教授)


メスバウアー分光法は、1953年メスバウアーによって発見された無反跳原子核線共鳴現象(メスバウアー効果 )を利用した測定法です。メスバウアー効果はすべての原子核でおこるのではなく、ある条件を満たしたものに特定されます。代表的な原子核は57Feです。メスバウアー分光ラボでも鉄についての非破壊状態分析を行っております。試料は鉄の含量にもよりますが、数十から数百ミリグラムの固体(粉末)です。得られる鉄の状態についての主な情報は次の4つです。

  • (1) 酸化状態(たとえばFe2+なのかFe3+)

  • (2) 化学構造状態(鉄の周りが電気的に対称かどうか)

  • (3) 磁気的状態(たとえば、鉄が強磁性なのか常磁性なのか)

  • (4) 結晶学的状態(鉄原子が結晶格子中でどれくらい強く束縛されているか)

これは測定されるメスバウアースペクトルの以下の情報から抽出されます。

  • (1) 異性体シフト(吸収ピークの位置)

  • (2) 四極分裂(吸収ピークの電気四極的分裂〈2本に分裂〉)

  • (3) 磁気分裂(吸収ピークの磁気的分裂〈6本に分裂〉)

  • (4) 吸収強度(吸収ピークの面積)

以上の情報を総合的に検討すれば、試料中に含まれる鉄の化学種(化合物の種類、金属状態)が推定される可能性があります。複数の化学種であれば相対的な存在比が求められます。

これまでに委託研究および共同研究として共に協力しあった企業、機関、大学は以下のとおりです。共同研究に関しては研究テーマも記します。

委託研究 大同特殊鋼、上田石灰

共同研究
共同研究企業、機関、
大学研究テーマ大同工業大学(岩間三郎教授研究室)熱プラズマ法で生成する鉄微粒子の特性研究大阪市立大学リチウム2次電池中の鉄イオンの反応の研究広島大学、オタワ大学海底堆積物中の鉄の化学状態の分析名古屋大学フェライト触媒の活性と鉄の化学状態の関連性の研究大連化学・物理研究所鉄をドープした二酸化チタン触媒の化学状態の研究秋田県立大学木材中に取り込まれた鉄の状態分析日本原子力研究所(現:日本原子力研究機構)中性子インビームメスバウアー分光法の開発東レリサーチセンター、東邦大学混合原子価3核鉄カルボン酸錯体の原子価遥動の研究

参考文献・参考資料

メスバウアー分光 | 京都大学 複合原子力科学研究所 核放射物理学研究室 (kyoto-u.ac.jp)

メスバウアー分光(教養部 酒井陽一教授)|研究支援センター|研究・産学連携|大同大学 DAIDO UNIVERSITY (daido-it.ac.jp)

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