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政治講座ⅴ1585「被災者への救援と日本人の美徳への称賛」

  新年早々から災害と不慮の事故が起こった。震災の皆様には心よりお見舞い申し上げます。
そして、飛行機事故における乗客全員が無事であったことは不幸中の幸いである。これも、日常生活における譲り合いの習慣と美徳が全員の無事に繋がったと思います。海上保安庁の航空機の職員にはお悔やみを申し上げます。2011年の東日本大震災での被災者の整然とした行動や略奪がないことに世界中の人々に美徳を称賛された。今回の能登半島地震も同様である。そして、飛行機事故にあいながらCAの的確な指示と整然と脱出する乗客が全員無事であったことに称賛の声が上がっている。日本人の日頃の行い、つまり整然と並び順番を守ることが全員の命が救われた。日本人の美徳が自らの命を救ったと考える。吾輩は日本人であることを誇りに思う所以である。
翻って、海外の事例では我さきと出口に殺到して逃げ遅れる事例が一昨年の某国のソウル梨泰院雑踏事故である。整然と待つのではなく、自分が先に出ようとする利己主義の権化が大事故を引き起こす原因と吾輩は思うのである。もう一つ残念なことは能登半島地震の津波ばかりを心配して倒壊した家の下敷きになって死亡した方々への救出の配慮がすくなかったと思われる。これだけが残念である。
今回はその報道記事を紹介する。

     皇紀2684年1月7日
     さいたま市桜区
     政治研究者 田村 司

能登半島地震、NHKアナウンサーはなぜ「絶叫」したのか。異常なアナウンスが生まれた理由「本当にやばいときはやばいんだと」

ハフポスト日本版 によるストーリー • 15 時間

能登半島地震、NHKアナウンサーはなぜ「絶叫」したのか。異常なアナウンスが生まれた理由「本当にやばいときはやばいんだと」© ハフポスト日本版

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【もっと読む】NHK女性アナ、茨城県南部の地震速報をパーカー姿で伝える。「緊急性伝わる」の声にアナ経験者が思うこと

2024年元日、石川県に最大震度7の地震で甚大な被害をもたらした「令和6年能登半島地震」。大津波警報が発令されると、地震報道をスタジオから伝えたNHKの女性アナウンサーは「高台へ逃げてください!」「今すぐ避難!」などと強い口調で避難を呼びかけた。

このNHKの地震・津波報道には様々な声が寄せられた。SNSには「必死さがひしひしと伝わってきた」「呼びかけのおかげで避難ができました」との声がある一方、一部では「ちょっと怖い」「大げさだ」などとネガティブな声もあった。

そんな中、NHKの伊藤海彦アナウンサーは1月2日、自身のXでNHKの地震災害報道に関する考え方を紹介。その内容に反響が広がっている。

山内泉アナの「絶叫」が注目集める

NHKは元日の大地震発生直後、当時放送していた番組を中断し、地震・津波に関する情報を伝える報道に切り替えた。

大津波警報が発令された際、スタジオから情報を伝えたのは同局の山内泉アナだった。地震発生後、日本海沿岸には大津波警報・津波警報・津波注意報が相次いで発令された。

「『ここは大丈夫だ』と思うのは危険です。情報を待って逃げ遅れないで下さい!」「可能な限り高いところへ逃げること!」「今すぐ避難!今すぐ避難!東日本大震災を思い出して下さい!」「一度逃げたら途中で引き返さないでください!」

山内アナは強い口調でこのように繰り返し、被災地の人々に迅速な避難を促した。その表現は「絶叫」とも受け取れるようなもので、日頃冷静に情報を伝えているアナウンサーの非常時の対応に、状況の深刻さを感じ取った人も多かったようだ。

NHKの伊藤アナは自身のXで2日、「私たちNHKのアナウンサーが強い口調で呼びかけをするのには理由があります」とつづり、メディアプラットフォームnoteに掲載された「NHK取材ノート」による文章をシェアする形で投稿した。

NHKアナが叫ぶ理由

noteは2021年7月に投稿されたもので、タイトルは「『東日本大震災を思い出してください!』その時、ことばで命を守れるか。NHKアナウンサーたちの10年」。

文章ではまず、地震や津波が発生したことを想定した緊急報道訓練が行われていることや、「命を守る呼びかけ」というハンドブックの存在が紹介された。

文章の主な内容は、東日本大震災に関する報道の反省などを当時の災害報道を担当した複数のアナウンサーが語るものだ。

大地震が起きた際の放送局の役割とは何か。文章では「初動」の重要性について、次のように綴られている(以下、noteに掲載された文章より一部を引用)。

「仮に放送で人の命を守れるということがあるとすれば、まずは初動の数十分だ。今回(東日本大震災)でいうと最初の津波が来る前の30分で、アナウンサーは何ができるか。津波が到達したときに何ができるかだ」

「ふだんは礼儀正しくしゃべっているアナウンサーが、突然モードを変えてことばを発し出す。本当にやばいときは、やばいんだとパニックにさせてもいい、というぐらいの強い表現も必要ではないか」

「いつもは冷静なアナウンサーが、ある瞬間を境に叫び始める。だからこそ効果があるという考え方です。逆に言えば、アナウンサーは今が異常時だと、ピンと来なければならない。経験と知識がより求められる」

文章ではそのほか、「冷静、沈着なアナウンスに感じた限界」などとして、東日本大震災の時の反省が詳細に書かれている。

「東日本大震災を思い出してください」の真意

今回の能登半島地震でも耳にした「東日本大震災を思い出してください」というアナウンサーの言葉。

NHKのアナウンサーがそのように伝える理由については「『自分だけは大丈夫』『この地域は大丈夫』という思い込み、『正常化の偏見』を打ち破って避難してもらうには、あの震災のことを思い出してもらうのが効果的という考え方」としている。

震災当時、東北に勤務していたアナウンサーや現地を取材したアナウンサーからは、「つらい出来事を思い起こさせ、被災者を傷つけないか」という懸念や意見が出されたものの、このアナウンスが採用されたという経緯も紹介されている。

異例とも言えるアナウンスやNHKアナの「絶叫」は、過去の震災報道の検証と反省が活かされたものだった。

【被害状況7日】石川で126人死亡 重軽傷者560人 救助活動続く

2024年1月7日 11時51分 令和6年能登半島地震

石川県によりますと、7日午前9時の時点で、県内であわせて126人の死亡が確認されたということです。
さらに、輪島市や珠洲市、内灘町、それに能登町でも、多数の住宅に被害が出ていますが依然として全体状況は把握できていないとしています。

各地の被害について、随時更新でお伝えしています。

目次

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《被害状況》

石川県で126人死亡 重軽傷者560人

石川県によりますと、7日午前9時の時点で、県内で、あわせて126人の死亡が確認されたということです。

▼輪島市で69人
▼珠洲市で38人
▼穴水町で9人
▼七尾市で5人
▼能登町で2人
▼志賀町で2人
▼羽咋市で1人となっています。

また、重軽傷者は県内全体で少なくとも560人にのぼっています。

安否不明者222人 石川県が情報提供求める

石川県は、住民基本台帳をもとに7日午前9時の時点で安否が分かっていない人として、222人の氏名や年齢などを公表し広く情報の提供を求めています。

能登半島地震 安否不明者222人の氏名 石川県が公表(7日9時)

石川 穴水町 土砂崩れ現場で救助活動続く

石川県穴水町の由比ヶ丘地区では今回の地震による土砂崩れで複数の住宅が倒壊し、7日午前9時半の時点で5人の死亡が確認されたほか、少なくとも9人が閉じ込められているとみられています。
冷たい雨が降るなか、現場では消防などによる救助活動が続けられています。
このうちひとつの住宅に閉じ込められているとみられるのは、親子4人と、別の親子3人です。また別の住宅には、2人が閉じ込められているとみられています。
一方、近くでは、別の住宅も土砂崩れに巻き込まれていて、この家にいた可能性がある女性2人の安否が確認できていないということです。

《建物被害》

石川県 住宅被害1370棟 全体状況は把握できず

石川県によりますと、7日午前9時時点で県内では穴水町などで、少なくとも1370棟の住宅被害が確認されたということです。
一方、輪島市や珠洲市、内灘町、それに能登町でも、多数の住宅に被害が出ていますが依然として全体状況は把握できていないとしています。

自治体別にみると
▽金沢市では全壊が4棟
▽七尾市では全壊が225棟
▽加賀市では全壊が4棟、半壊が4棟、一部破損が23棟
▽羽咋市では全壊が15棟
▽川北町では一部破損が1棟
▽志賀町では全壊が8棟、半壊が15棟、一部破損が16棟、床上浸水が6棟、床下浸水が5棟
▽中能登町では全壊が20棟、半壊が10棟、一部破損が14棟
▽穴水町では全壊または半壊が1000棟となっています。

《避難》

石川 輪島市 避難者も体調不良訴え病院で治療

石川県輪島市によりますと市内の大屋公民館におよそ200人の住民が避難していますが、6日、およそ10人が腹痛などを訴え市内の病院で治療を受けたということです。
その後、全員、避難所に戻っているということです。
輪島市が7日午前9時現在でまとめたところ、市内161か所の避難所におよそ1万2000人が避難しています。
市はDMAT=災害派遣医療チームなどと連携して避難している住民の健康状態の確認などを続けることにしています。

避難所に入りきれず農業用ハウスに避難する人も

石川県輪島市では指定の避難所に入りきれず、やむをえず近くの農業用ハウスに避難している人たちもいます。
中には持病を抱える寝たきりの90代の女性もいて、避難している人たちは夜は服を何枚も重ねて寒さをしのいでいるということで、これから雪や寒さが強まるのを心配する声があがっています。

輪島市長井町では指定の避難所となっている小学校に多くの人が避難して入りきれず、物資も足りなくなっていたことから、近くにある農業用ハウスにおよそ30人が緊急で避難し、50代から90代の11人が過ごしています。
ハウスの中では、地面にベニヤ板や苗を入れるかごなどを重ねて置き、ストーブや毛布を持ち込んで暖をとっていました。
指定の避難所ではないため自治体からの物資は届いていないということです。

「荷物取り出す人、取り乱す人いなかった」「脱出後はCA指示で10人ずつ手つなぎ円陣」乗客男性が当時の様子語る

読売新聞 によるストーリー • 30 分

黒煙を上げて炎上する日航機(2日午後7時6分、羽田空港で)=木田諒一朗撮影© 読売新聞

 東京・羽田空港の滑走路上で日本航空と海上保安庁の航空機が衝突した死傷事故で、札幌市内の実家から東京都三鷹市の自宅に戻る途中に日航機に乗り合わせた会社役員の男性(63)が、当時の様子を語った。

 日航機は2日午後4時15分頃、乗客367人と乗員12人を乗せて新千歳空港を飛び立った。男性の座席は前から8番目の右窓側。午後5時47分頃、羽田空港C滑走路に着陸したと思った瞬間、「ドン」という衝撃音と強い振動があり、「これは普通の着陸じゃない。ちゃんと止まればいいが」と思ったという。

 機体は間もなく停止したが、主翼のエンジン部分が発火しているのが窓から見え、「やばい」と感じた。客室乗務員(CA)が冷静に対応し、取り乱しているような乗客は周辺にはいなかったという。

 数分後に避難誘導があり、パソコンや財布などが入ったリュックを置いて前方右側の脱出用シューターに向かった。座席から近かったため、比較的早めに脱出できたが、シューターを滑り降りる際、途中で止まる乗客もいて避難の流れはやや詰まった。「機首が傾いていたからか、シューターの角度が緩くなっていた」という。

 脱出後は、人数把握のため、10人ずつ手をつないで円陣を組むようCAから指示された。その後、機体への放水をいったん終えた消防車の後ろについて滑走路を横断するなどし、午後7時頃、ターミナルビルの出発ロビーに到着した。ここで、日航社員から住所や氏名などを書く連絡用の紙を渡された。

 さらに、空港内のホテルの宴会場のような場所に移動後、クリームパンやおにぎり、毛布などの提供を受け、男性は午後9時半に退出できた。「そこに宿泊せざるを得なかった人もいたようだ」と話す。

 「飛行機があそこまで焼け落ちるとは思いもしなかった。本当に恐ろしかった」と男性。ただ、「荷物を取り出そうとする人は、少なくとも自分の周りにはいなかったし、落ち着いて避難していた。(緊急時の対応策などを映像化した)機内安全ビデオを普段から何げなく見ていたので、本当に大切なのだと実感した」と話していた。

ソウル梨泰院雑踏事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ソウル梨泰院雑踏事故

事故直前のハロウィンイベント中の群衆(2022年10月29日)

ソウル梨泰院雑踏事故(ソウルイテウォンざっとうじこ)は、2022年10月29日の夜に韓国の首都・ソウル特別市の繁華街・梨泰院でハロウィン時季の混雑の中で発生した群衆雪崩による事故。
2023年1月3日時点の行政安全部の統計上では、事故生還後の2022年12月13日に自殺した1人も含めて159人が死亡している。
日本のマスメディアは、「ソウル雑踏事故」「ソウル群集事故」「イテウォン転倒事故」などとも呼称している。
韓国では、梨泰院圧死事故(ハングル: 이태원 압사 사고)もしくは梨泰院惨事(ハングル: 이태원 참사)などと呼ばれている。

流言飛語

当時の状況について「下り坂が始まる地点で(仮装をした)誰かが踊り始め、あっという間に人が集まった」「現場に有名なインフルエンサーが現れたと噂され、人々が集まった」「ウサギのヘアバンドをした男が『押せ』と叫んだ」といった目撃情報が報じられたが、事故との関連性は明らかでない。ウサギのヘアバンドをした男性については事故とは無関係なことが確認された。
群集事故に詳しい大阪工業大学の吉村英祐特任教授は、当時の状況について「すでに非常に高密度で、押す人自体が押せるような状態ではない。仮に押したとしても、その人の力くらいで倒れることはない」と述べ、人が押したから倒れたというのは考えにくいと指摘した。

朝鮮語圏のネット上では特定の人物の行為が原因だとする「犯人捜し」が過熱し、個人攻撃された人物が事故発生時には現場を離れていたとして「魔女狩りはもうやめてほしい」と訴える事態にもなっている。
過去の群集事故でも、2001年7月に日本で発生した明石花火大会歩道橋事故では「茶髪の青年が無理に押したので群衆雪崩が発生した」などのデマが拡散されたことがあった。

参考文献・参考資料

「荷物取り出す人、取り乱す人いなかった」「脱出後はCA指示で10人ずつ手つなぎ円陣」乗客男性が当時の様子語る (msn.com)

能登半島地震、NHKアナウンサーはなぜ「絶叫」したのか。異常なアナウンスが生まれた理由「本当にやばいときはやばいんだと」 (msn.com)

ソウル梨泰院雑踏事故 - Wikipedia

【被害状況7日】石川で126人死亡 重軽傷者560人 救助活動続く | NHK | 令和6年能登半島地震

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