見出し画像

||ねこをよむ||応募テーマ一覧

〈 企画概要はこちら


芥川龍之介 『お富の貞操』

 戸をしめ切つた家の中は勿論午過ぎでもまつ暗だつた。人音も全然聞えなかつた。唯耳にはひるものは連日の雨の音ばかりだつた。雨は見えない屋根の上へ時々急に降り注いでは、何時か又中空へ遠のいて行つた。猫はその音の高まる度に、琥珀色の眼をまん円にした。竈さへわからない台所にも、この時だけは無気味な燐光が見えた。が、ざあつと云ふ雨音以外に何も変化のない事を知ると、猫はやはり身動きもせずもう一度眼を糸のやうにした。

(引用元:青空文庫


池田蕉園 『「ああしんど」』

 随分永く──家に十八年も居たんで御座いますよ。大きくなっておりましたそうです。もう、耳なんか、厚ぼったく、五分ぐらいになっていたそうで御座いますよ。もう年を老ってしまっておりましたから、まるで御隠居様のようになっていたんで御座いましょうね。
 冬、炬燵の上にまあるくなって、寐ていたんで御座いますって。
 そして、伸をしまして、にゅっと高くなって、
「ああしんど」と言ったんだそうで御座いますよ。

(引用元:青空文庫


海野十三 『透明猫』

「……猫の頭のようだが、しかしそんなものは見えないではないか」なんという気持ちのわるいことだろう、と青二は思った。
 しかしこのとき彼は、さっきとはちがって、もうよほど落ちつきをとりもどしていた。もう一度その毛深い動物の頭にさわり、それから、おそるおそる下の方へなでていった。
 全くおどろいた。たしかに、猫と思われるからだがあった。しっぽもあって、ぴんぴんうごいていた。足のうらには、たしか猫のものにちがいない土ふまずもあるし、爪もついていた。しかしそれは全く見えないのであった。

(引用元:青空文庫


梅崎春生 『猫男』

「ちかごろ、猫などを飼ったりしましてねえ」
「ほう。猫をね」
「猫って、何なんでしょう」嘆息するような声でそう言った。
「猫という動物は、南方からきたもんでしょう。日本にきて、もう何千年になるか知らないけれども、まだ気候に慣れないんですね。ひとの寝床に入りたがってばかりいて」
「毛皮着ているくせに」
「猫が暑がるのは、一年のうち三日しかないというじゃありませんか」

(引用元:沖積舎『梅崎春生全集』第2巻)


尾形亀之助 『雨になる朝』

 子供が泣いてゐると思つたのが、眼がさめると鶏の声なのであった。
 とうに朝は過ぎて、しんとした太陽が青い空に出てゐた。少しばかりの風に檜葉がゆれてゐた。大きな猫が屋根のひさしを通つて行つた。

(引用元:青空文庫


小川未明 『おばあさんと黒ねこ』

ねこは、ようやくにして危うい命をおばあさんに助けられました。おばあさんは、ねこの好きそうな魚をさらにいれて裏口に置いてやりました。日暮れ方になると、ねこは、まったくだれもあたりにいないのを見すまして木から降りてきました。こうして、この黒ねこは、その日からおばあさんの家に養われたのでした。
 ある日、おばあさんは、ねこに向かって、
「私は、このように目が見えなくなってしまった。おまえは、これから、私の力になってくれなければいけぬ。」といわれました。

(引用元:青空文庫


沖野岩三郎 『赤いねこ』

 夕ごはんの あとで おぢいさんは、ひざの 上に ねて ゐる ねこを、じっと ながめて ゐましたが、
「おばあさん、この ねこを、私の つくった 赤インキで、まっかに そめて 見ませう。」
と、申しました。
「まあ、赤い ねこなんて、世界ぢゅうに ありませんよ。」
 おばあさんは、おぢいさんの ひざの 上から 白ねこを だきあげながら いひました。
「何でも いいから、はやく そめて ごらん。」

(引用元:青空文庫


梶井基次郎 『愛撫』

猫の手の化粧道具! 私は猫の前足を引張って来て、いつも独笑いをしながら、その毛並を撫でてやる。彼が顔を洗う前足の横側には、毛脚の短い絨氈のような毛が密生していて、なるほど人間の化粧道具にもなりそうなのである。しかし私にはそれが何の役に立とう? 私はゴロッと仰向きに寝転んで、猫を顔の上へあげて来る。日本の前足を摑んで来て、柔らかいその蹠を、一つずつ私の眼蓋にあてがう。

(引用元:青空文庫


片山廣子  『「子猫ノハナシ」』

十日目になつて先生はふいと目をあけてそこらを見廻された。妹さんやお留守居の人は喜んで声を出して呼びかけたが、口はきかれず何か探すやうな様子で、しまひには右手を出して何か持つやうな手の格好であつたので、試しに鉛筆を持たせて上げると、それを器用に持たれた、それでは紙をと、小さい手帖を出して、字が書けるやうな位置にだれかが手で押へて上げると、先生は暫らく考へる姿でやがて鉛筆をうごかして何か書かれた。そばの人たちは息をひそめて待つてゐたが、鉛筆をぱたんと落して疲れたやうに眼をつぶられた。遺言と、みんなが思つた。その手帖をとり上げて妹さんが読み、つぎつぎにそばの人も読んで、みんな首をかしげた。手帖には字もはつきりと、「子猫ノハナシ」と書いてあつた。

(引用元:青空文庫


小酒井不木 『猫と村正』

 ある夜私は可なりに遅く帰宅しました。いつも後妻は私より先に寝たことはありませんでしたがその夜は少し気分が悪いといって床の中にはいっておりました。そうして、いつも電灯をつけて寝るのでしたが、その夜は眼がちらつくといって電灯を消しておりました。私は何気なく、その寝室をあけますと、妻は私の声をきいて起き上りましたが、その時私は暗やみの中に猫の眼のようにぴかりと光るもののあるのを認めました。
「三毛がいる!」と、私は思わず叫びました。
「ひえーッ?」といって後妻はとび上って電灯をつけました。

(引用元:青空文庫


島木健作 『黒猫』

彼は決して人間を恐れることをしなかった。人間と真正面に視線が逢っても逃げなかった。家のなかに這入って来はしなかったが、たとえば二階の窓近く椅子を寄せて寝ている私のすぐ頭の屋根の上に来て、私の顔をじろりと見てから、自分もそこの日向にゆったりと長まったりする。私の気持をのみこんでしまっているのでもあるらしい。いつでも重々しくゆっくりと歩く。どこで食っているのか、餓えているにちがいなかろうが、がつがつしている風も見えない。台所のものなども狙わぬらしい。

(引用元:青空文庫


太宰治 『葉』

空の蒼く晴れた日ならば、ねこはどこからかやって来て、庭の山茶花のしたで居眠りしている。洋画をかいている友人は、ペルシャでないか、と私に聞いた。私は、すてねこだろう、と答えて置いた。ねこは誰にもなつかなかった。ある日、私が朝食の鰯を焼いていたら、庭のねこがものうげに泣いた。私も縁側へでて、にゃあ、と言った。ねこは起きあがり、静かに私のほうへ歩いて来た。私は鰯を一尾なげてやった。ねこは逃げ腰をつかいながらもたべたのだ。私の胸は浪うった。わが恋は容れられたり。ねこの白い毛を撫でたく思い、庭へおりた。脊中の毛にふれるや、ねこは、私の小指の腹を骨までかりりと噛み裂いた。

(引用元:青空文庫


谷崎潤一郎 『猫と庄造と二人のをんな』

私は外に何も無理なこと申しません、蹈まれ蹴られ叩かれてもじつと辛抱して来たのです。その大きな犠牲に対して、たつた一匹の猫を頂きたいと云ふたら厚かましいお願ひでせうか。貴女に取つてはほんにどうでもよいやうな小さい獣ですけれど、私にしたらどんなに孤独慰められるか、………私、弱虫と思はれたくありませんが、リヽーちやんでもゐてゝくれなんだら淋しくて仕様がありませんの、………猫より外に私を相手にしてくれる人間世の中に一人もゐないのですもの。貴女は私をこんなにも打ち負かしておいて、此の上苦しめようとなさるのでせうか。今の私の淋しさや心細さに一点の同情も寄せて下さらないほど、無慈悲なお方なのでせうか。
いえ/\貴女はそんなお方ではありません、私よく分つてゐるのですが、リヽーちやんを離さないのは、あなたでなくて、あの人ですわ、きつと/\さうですわ。あの人はリヽーちやんが大好きなのです。あの人いつも「お前となら別れられても、此の猫とやつたらよう別れん」と云ふてたのです。そして御飯の時でも夜寝る時でも、リヽーちやんの方がずつと私より可愛がられてゐたのです。けど、そんなら何で正直に「自分が離しともないのだ」と云はんと、あなたのせゐにするのでせう? さあその訳をよう考へて御覧なさりませ、………

(引用元:青空文庫


寺田寅彦 『ねずみと猫』

わが家に来て以来いちばん猫の好奇心を誘発したものはおそらく蚊帳であったらしい。どういうものか蚊帳を見ると奇態に興奮するのであった。ことに内に人がいて自分が外にいる場合にそれが著しかった。背を高くそびやかし耳を伏せて恐ろしい相好をする。そして命がけのような勢いで飛びかかって来る。猫にとってはおそらく不可思議に柔らかくて強靭な蚊帳の抵抗に全身を投げかける。蚊帳のすそは引きずられながらに袋になって猫のからだを包んでしまうのである。これが猫には不思議でなければならない。

(引用元:青空文庫


豊島与志雄 『シロ・クロ物語』

 白髯の爺さんは、薬屋の店にかへつてきました。そしてシロとクロをあひてに……話をした……といふとをかしいでせうか。
 じつをいふと、このまつ白い猫とまつ黒い猫、シロとクロは、ひとり者のお爺さんが子供のやうにかはいがつてるものです。猫の方でも、お爺さんを親のやうにおもつてゐます。そしてたがひにしたしみあつてるうちに、猫はだん〴〵お爺さんの言葉がわかるやうになり、なほ人間の言葉がわかるやうになりました。そしてお爺さんの方では、猫の目色や顔色がわかるやうになり、猫の言葉がわかるやうになりました。

(引用元:青空文庫


夏目漱石 『吾輩は猫である』

吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。

(引用元:青空文庫


萩原朔太郎 『猫街』

見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。

(引用元:青空文庫


宮沢賢治 『猫の事務所』

軽便鉄道の停車場のちかくに、猫の第六事務所がありました。ここは主に、猫の歴史と地理をしらべるところでした。
書記はみな、短い黒の繻子の服を着て、それに大へんみんなに尊敬されましたから、何かの都合で書記をやめるものがあると、そこらの若い猫は、どれもどれも、みんなそのあとへ入りたがつてばたばたしました。
けれども、この事務所の書記の数はいつもただ四人ときまつてゐましたから、その沢山の中で一番字がうまく詩の読めるものが、一人やつとえらばれるだけでした。

(引用元:青空文庫


宮原晃一郎 『虹猫の話』

いつの頃か、あるところに一疋の猫がゐました。この猫はあたりまへの猫とはちがつた猫で、お伽の国から来たものでした。お伽の国の猫は毛色がまつたく別でした。まづその鼻の色は菫の色をしてゐます。それに目玉はあゐ、耳朶はうす青、前足はみどり、胴体は黄い、うしろ足は橙色で、尾は赤です。ですから、ちやうど、虹のやうに七色をしたふしぎな猫でした。

(引用元:青空文庫


村山籌子 『お猫さん』

 お正月が近づいて来たので、お猫さんのお父さんとお母さんはお猫さんをお風呂に入れて、毛皮の手入れをしなくちやならないと考へてをりました。なぜといつて、お猫さんは白猫さんでしたから。
「お父さん、ここに石けんの広告が出て居ますよ。これを使つたらどうかしら。何しろ、お猫さんは大変なおいたで、ふだんから、お風呂がきらひなので、まるで、どぶねづみみたいによごれてゐますからね。」

(引用元:青空文庫


室生犀星 『猫のうた』

猫は時計のかはりになりますか。
それだのに
どこの家にも猫がゐて
ぶらぶらあしをよごしてあそんでゐる。

(引用元:日本図書センター『動物詩集』)


夢野久作 『ドン』

 たいそうあたたかくなりました。
 猫が久し振りにあたたかくなったので縁側に出て見ると、縁側の鉢の中にいる金魚が五、六匹チラチラしています。これは占めた、どうかして取って食べてやろうと思ってジッと鉢の中を狙いました。
 犬がこれを見つけて、これはうまいと思いました。ふだんから憎らしいと思う猫が今日は全く気がつかずにいる。今度こそは引っ捕えてひどい目に合わせて遣ろうと、猫に気のつかぬようにそっとうしろから忍び寄りました。

(引用元:青空文庫

よろしければサポートをお願いいたします。いただいたサポートは、今後の企画・制作費に充てさせていただきます。