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好きな話、金子さんの正義

合唱コンクールの練習で、まじめにやらない男子に対し、正義感の強い金子さんは泣いていた。「まじめにやってよ!」と言いながら泣いていた。そんな、とてもベタなあるあるのど真ん中にいた女子・金子さんの話。


スクールカーストを股にかけ、誰とでも仲良く話せるタイプの金子さんは、クラスでも人気者で嫌いな人なんかいなかった。部活もバスケ部で、昼休みになれば男子に混ざってバスケをしているような、明るく元気な金子さんは、中学三年の時、運動会の応援合戦で連絡係を任されていた。一年から三年の縦割りでチームを組み、曲に合わせて声を出したりダンスをしたりして披露される応援合戦は、運動会の花形であり、学校の伝統行事であったが、一・二年生をうまく束ねて練習していくことがとても難しく、金子さんはそのパイプ役として重要なポジションを担っていたのだ。

本番に向け、朝や放課後を使った応援練習の日々が始まると、これが最後の応援合戦になる三年生の熱量は当然のように高いものの、初参加の一年生からしたらなぜそんなに入れ込んでいるのかよく分からず、反発精神でパンパンになっている二年生にとっては面倒な行事扱いで、とにかくモチベーションのコントロールが難しい。そんな後輩達を金子さんは持ち前の人柄で束ねていく。笑顔で元気に声をかけていく金子さんに応える後輩達。さすが金子さん。こちらも伝統的にクラスのヤンチャな男子がリーダーを努めていたが、そんなリーダーも満足そうに金子さんの仕事ぶりに感謝していた。

まもなく本番を控えたとある練習中。集中力の切れた二年生数人がふざけ出し、それをみた一年生も少しだらけた様子で空気が緩んでしまった時、金子さんの表情が変わった。それは、外野の我々には分からない、連絡係の金子さんだけが感じるストレスのような、「またあの子たちが緩んでいる…また…」といった様相の表情で、金子さんは一人、大人みたいな顔をしていた。あと少し、簡単なきっかけ一つでまた合唱コンクールの時のように爆発しかねない状況の金子さん。リーダーもたるんだ空気をどうにかするために「ちょっと締めるしかないか…」と、ヤンチャ特有の怖みを持った統制方法をチラつかせ始めた時、金子さんは言った。「声出し練習しない?」練習内容に口を出したことのなかった金子さんが初めて動いた瞬間だった。鬼気迫る金子さんの申し出にリーダーも賛同する。「声出し」とは、とても単純な練習で、リーダーの「あーー!」に続いて、全員が「あーー!」と繰り返すもので、リーダーの号令と共に、声出し練習が始まった。

「声出し練習行くぞー!あーーー!」
『あ”ーーーーー!』

一度目で誰もが、金子さんの異変に気付いた。

「あ…金子さんがとんでもない声量で『あ”-----!』と叫んでいる…」

あまりの全力具合にみんなが動揺し、リーダーなんかは特にビックリしていた。しかし、これが金子さんの取った策だった。「後輩よ、私についてこい…」そう言わんばかりの金子さんの姿勢。腕を後ろに組み、足を肩幅より少し広く開いて腰を落とし、首を前に出して、顔を真っ赤っかにさせながら、金子さんは叫ぶ。

『あ”-----!』

みろ、これが先輩の姿だ。

『あ”-----!』

ついてこい。声はこうやって出すんだ。

『あ”-----!』

まだ出るよ。そんなもんじゃないだろう。

『あ”-----!』

もう誰にも止めることはできない。だって、金子さんの気迫がすごいから。

『あえ”-----!』

声がよれて「え”」に近い叫び声になっても、金子さんは全力で叫ぶ。

『あえ”-----!』

私の喉なんかつぶれたっていい。みんなの士気が上がるなら。

『あえ”-----!』

ここで金子さんがさらに動いた。
持ち場を離れ、たるんでいた二年生の前に立ち、金子さんは言ったのだ。

『あえ”-----!!!』

後輩の目の前で、学ランハチマキ姿の金子さんは全力で叫ぶ。

『あえ”-----!』

一人一回ずつ丁寧に目の前に立ち、金子さんは腐ったみかんを潰していく。

『あえ”-----!』
『あえ”-----!』
『あえ”-----!』

全力の正義の恐ろしさを知った瞬間だった。全力って、こんなにも暴力的なんだと。後輩はちゃんと引いていた。しかし、金子さんは負けない。金子さんはただ叫んでいるのではない。後輩の心に向かって叫んでいるのだ。徐々にその気持ちが伝わり、最後には気迫に押される形で後輩達も声を上げていた。金子さんの勝ちである。持ち場に戻った金子さんの声はカスカスで、もう何を言っているのかも分からないくらいだし、それこそあんた本番どうするんだよといった仕上がりだったが、誰も金子さんを責める人はいなかった。金子さんの顔は、とても晴れやかだった。


#ラブレターズ #芸人 #好きな話

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