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鶏肉か豚肉か悩んだだけの話

スーパーのお肉コーナーで、私は悩んでいた。「豚肉」が安くなっていたのである。そもそもの目的は「鶏肉」を買って、家にある卵と玉ねぎ・長ネギを使って親子丼でも作ろうかと考えていたところに、少しランクの高そうないい豚肉がセール品となっており、さらには値引きシールまで貼られている。こうなると、そもそも親子丼を作ろうと意気込んでいた気持ちはどんどん萎えていき、「とりあえずこの分厚い豚肉を買って豚丼とかでもいいよな」と心が切り替わっていく。…しかし。ここで少し踏みとどまる。なぜ自分がこのスーパーに立ち寄ったかといえば、「今夜は親子丼を作ろう」と思ったからであり、鶏肉だけをめがけて買いに来たはず。それが今、思いがけない「割引」の誘惑によって簡単に切り替わろうとしている。そんなことでいいのか。普段なら引っかかることなくレジに流れていくところを、足を止めて考えてみる。そんなに簡単に「割引」が「意志」を変えてもいいのか?手に取った豚肉を見つめて思う。とても美味しそうだ。セール品がさらに「三割引」になっている豚肉。鶏肉よりも僅かに安い。いつも「けっこうするなぁ」という印象でお肉コーナーに鎮座していたあの豚肉がこの鶏肉よりも…明らかにお得である。このスーパーに無自覚的に来ていたら間違いなく豚肉を選んでいたはず。でも…。鶏肉に目を移す。何の値引きもされていない平凡な鶏肉。だが、その先にはこのスーパーへ向かう中で計算した献立て「親子丼」の姿が見え隠れしている。「親子丼の美味しい作り方」を調べながら作ってみようかと考えていた時間はとてもウキウキして楽しかった。家にある昆布茶の素も使えるかもしれないと、普段なら取り組まない創意工夫への心構えまでしていたあの時の自分が瞬間移動して、台所で豚肉を焼いている姿に見たら愕然とするだろう。おまえの計算はどこに行ったんだ、と。過去の自分にガッカリされることは極力避けたい。過去の自分には胸を張って生きたいし、未来には希望だけを持ち込みたい。明るい食卓を想像する。予定通り鶏肉を選べば、余っていた食材も消化することができるだろう。「片付く」という爽快感は、テトリス・ぷよぷよ世代の自分にとっては大きなものであり、その効力は断捨離の「こんまり」が世界に証明している。どうするか。右手に鶏肉、左手に豚肉。…あ。両方買ってしまおうか。そうか、それでいいではないか。うん。別に悪くない。全然いい。いいと思う。いい、と、思うけど…でも…また、ここでモヤモヤする。果たしてそれは「答え」になっているのだろうか?スーパーのお肉コーナーの前で棒立ちになって考えていたのはあくまで「鶏肉」か「豚肉」かの二択であり、そこにもう一つ「金を積んだ三択目」を加えてマルッと解決するというのは、これは暴力的ではないだろうか。解決した風にしているだけで実際のところ、二択の回答を放棄しているだけではないだろうか。はじめから3日分の食材を買いに来ているなら何の問題もない。それなら迷わず両方だし、豆腐に納豆、しらすにベーコンだって買い足すだろう。でも今日は、「家で親子丼でも作ろうか」という思い一つで、鶏肉めがけて立ち寄っただけなのである。そこに安くていい豚肉があったから悩み始めたわけで、三択目の「両方」を加えたら、「じゃあ食後のデザートはどうだ」とか、「深夜のお菓子もいいだろう」と際限がなくなってしまう。「全部買う」の選択は欲の制限を解放するから危ない。お金が無限にあるならいい。悲しいかな、お金はとても有限である。やはりここは、正々堂々二択と向き合うべきだ。「鶏」か「豚」か。「チキン」か「ポーク」か。というか、そもそも…ふと思ってしまった。こんなに悩むことなのか?何もそこまで考える必要はないんじゃないか?気にしたが最後、こんなに答えが出ないなら、いっそのことどちらもやめて家にあるレトルトカレーを温めてしまえばいいじゃないか。たかが一食。頭を悩ますくらいなら、別で使った方がいい。食べてしまえばそれで終わりなんだから。そうだ、別にどっちを選んでも人生は少しも変わらないじゃないか。人生は変わらないし、世の中に与える影響もないじゃないか。「じゃないかじゃないか」言って考えるようなことじゃないじゃないか。トロッコ問題じゃないんだから。考えすぎの方が体に悪そうだ。…でも待てよ。そしたらここまで考えてきた自分が浮かばれないのでは?いや、そんなことを言い出したらずっとここから動けずに、スーパーのお肉コーナーの前から動けない人生になってしまう。まずい。考え方が壮大になってきた。しかも、食材選びで一番危険な「食ったら終わり」の理論まで浮かんできている。結局どれも、「じゃあどっちにするの?」の答えにはなっていない。悩ましいところへ、小1くらいの少年がトコトコ歩いてきて、自分とお肉コーナーの間に入った。何かと思えば、こちらを見上げながら、「ふぁーー」と言ってきた。なんだ急に。少年の目を見る。まんまるで、まっすぐで、純粋そのものである。遠くで母親らしき声がして、それに反応するように去っていく少年。なんだよ。超キラキラしていたな………手には鶏肉と豚肉が、まだある。


#ラブレターズ #エッセイ


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