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大企業とベンチャーで兼業できる時代へ向けて

働き方改革の一環として副業、それもある会社に雇用されている社員が第二の仕事を持つ兼業が「複業」として広く議論されるようになってきた。ただそれは企業や社会の文化に対して「越境」や「ワークシェアリング」の概念を挿し込むところまではきてるけど、もう一つ地味な、そして固い壁を越える必要がある気がする。実務の壁だ。これは企業が積極的に取り組むべき課題ではないかと思う。

大副業時代の兆し

働き方改革の下、企業は副業容認へ舵を切ることが求められている。これは副業を無条件で自由にしろというものではないけれど、許可制ではあっても許可に積極的になるといった姿勢を求められている、ということだ。マイクロソフトの澤氏が、同社の副業規定についてこう紹介している。

実はうちの会社、副業はNGなんですね。基本NG、条件付きOKということになっています。条件付きOKというのは、例えば「公序良俗に反しない」、これは当たり前ですね。あるいは「利益相反にならない」、これも当たり前。プラス、例えば深夜コンビニバイトや道路工事になると身体がおかしくなってしまいますので、そういったものはやめてくださいと。ですので、会社の仕事以外の時間で空いているところでできる、いわゆる知的労働みたいなものに関しては、会社のリソースを使わなければOKというルールになっているんですね。
「ほう・れん・そう」には“あるパラメータ”が足りない マイクロソフト澤氏が語る、労働生産性を上げるためのヒント - ログミーBiz

働き方改革の一環で厚労省は「副業・兼業」のページを設け前向きな姿勢を示すとともに、まず阻害の一因とも言われた厚労省のモデル就業規則から「労働者の遵守事項の『許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。』という規定を削除し、副業・兼業について規定(第14章第67条)を新設」した。併せて公開されたガイドラインを見ると、副業の禁止にあたってはこう考えることが指針となる。

裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には 労働者の自由であり、各企業においてそれを制限することが許されるのは、労務提供上 の支障となる場合、企業秘密が漏洩する場合、企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関 係を破壊する行為がある場合、競業により企業の利益を害する場合と考えられる。
副業・兼業の促進に関するガイドライン 1(4)項)

これまでも、多くの企業は副業・兼業に禁止または消極的の姿勢をとってきた。中小企業省がおこなった「平成26年度兼業・副業に係る取組み実態調査事業」でのアンケート調査(対象には大企業も含む)の結果では、回答企業1,173社中1,000社(85.3%)が副業を認めていない、173社(14.7%)が推進していないが容認しているとしており、数字にも表れている。しかし今後については副業を禁止しないこと、許可制とするにしても「許可に積極的」であることを、社会や政府は期待している。

マイクロソフトのケースは、このガイドに沿った運用のお手本にも見える。利益相反はNG。就業時間内の職務専念に差し障るような兼業はNG。遵法に難があればNG。でもそうでなければ副業・兼業を制限せず、澤氏のように多様な副業・兼業をする実例がある。

2002年にぶつかった労務管理の壁

ただ従来から許可制の企業は一定数あった。会社の規模が大きくなり就業規則を整える段階になると、多くは作成時にモデル就業規則を参照し、従来の文言でも「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という前向きにとらえれば「許可制」を盛り込んだものになったところも多かったと思う。しかし実際に許可を出すのは難しかったのだ。僕が体験したのは労務管理の壁だった。

僕の前職のOKIグループも副業は許可制で、加えて2002年には次のようなニュースが流れたことがあった(ただしこうした実態はなく会社として公式に否定していた)。

沖電気工業は9月をめどに、約8000人の全従業員を対象に就業規則で禁じてきた兼業(副業)を認める。希望者にはグループの人材派遣会社を通じ勤務先を紹介する。仕事を分かち合うワークシェアリングを導入するのに伴い、所得の減少分を補ってもらう。日立製作所も半導体工場を対象に実施するなど、雇用維持の一環として副業容認の動きが産業界に広がり始めた。沖電気工業は労働組合とワークシェアの導入を協議中。ワークシェアの適用を希望する従業員は1日あたりの労働時間を8時間から5-6時間に短縮、賃金も時給ベースで2割ほど減るため、空いた時間を使った副業を認める。

当時在職していた子会社で組合の職場委員などをやっていたので、組合や総務の在籍者にカジュアルに副業の可否を議論したりもできた。当時の僕の業務フィールドはERPのような企業基幹システムだったが、趣味でWikiの世界に首を突っ込んでおり、Web企業にも興味があった。いわゆる「ジーンズ対スーツ」の両側を見たかった。実際にはこうした副業解禁的な事実はなかったのだが、許可の実態について聞けたのは興味深かった。

まず許可されやすいのは、書籍執筆や有償講演など。連載や定期講演(大学で授業を持つ)などでも許可されやすい。許可が難しい(ほとんど許可されない)のは他の会社で雇用されること。これは労務管理が現実的にできないから、ということだった。この点は、実は現在でも世の中的なハードルであることに変わりがない。厚労省のパンフレットには、企業側の留意点として以下が書かれている。

必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレット

就業時間は労働基準法、健康管理は労働安全衛生法、そして安全配慮義務は労働契約法で定められた義務で、企業は必ず順守しなければいけない。

でも従業員が二か所で雇用されているとどうなるだろう。この人は自社で、例えば今週30時間働いているといったことは会社として把握できる。では他社と合わせて40時間(労基法の通常の上限)を超えていないかはどうしたらわかるだろう。仮に合計50時間だったとして、10時間分の残業代にかかる25%以上の割増賃金は、2社間での分担をどう決めればいいだろう。そんな労務管理は現実としてできないというのが、当時の認識だった。

大企業とベンチャーで兼業できる時代へ向けて

大まかに言って、僕たちの働き方には3つの形がある。自営業を営むこと、従業員として雇用されること、経営者・役員として雇用する側で働くことだ。現在でも「労務管理の壁」が変わらないのであれば、僕たちの副業は「従業員の傍ら個人事業」「従業員の傍ら起業」といった形を中心とすることになるだろう。でもそれだけでいいのだろうか。

第一に、副業の場が豊富にあるかということだ。日本の就業者数6,664万人のうち雇用者は5,936万人で、ここから役員を除くと5,606万人。働く場の84%強は「雇用されて働く」ところにある。現実に、まず副業先として想起されるのは従業員という形態だろう。自営業(個人としての執筆、講演なども含まれる)や雇用者として働く場は全体の16%弱しかない。非雇用を候補から外していては、副業先の母数が増えない。しかも働き方改革の主眼である労働力人口の不足が起きている現場の救済にならない。

第二に、働く側が希望するのはどんな副業かということだ。例えば、僕はエンタープライズ系ITの世界で身につけたITスキルを、Web系ITやコンシューマ系ITの世界で役立ててみたかった。起業してすべての業務を一人で行いたい人もいないわけではない。でも僕のように身につけたスキルを発揮できる業務に就き、同じ業界の顧客ドメインが違う企業で、あるいは文化の異なる100年企業と新興企業で、それを役立ててみたいという人も多いだろう。

そして第二の仕事を求める年齢であれば、先方企業からすれば新卒採用ではなく中途採用、求めているのはそうしたプロフェッショナルスキルであるはずだ。厚労省のパンフレットでは、企業側が副業促進することのメリットをこうまとめている。

メリット:
(1) 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。
(2) 労働者の自律性・自主性を促すことができる。
(3) 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。
(4) 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の
拡大につながる。
「副業・兼業の促進に関するガイドライン」パンフレット

ここで求めているのも結局は、自社で得たスキルを他社に持込み、他社で得た経験や人脈を自社に持ち帰り、そのためにはプロフェッショナルとして身につけたスキルの発揮できる業務に就いて活躍することだ。いま社会や政府が求めていること、そして企業に勧められていることは、例えば「大企業とベンチャーで兼業できる時代」になることだと思う。「労務管理の壁」があるなら、それとそろそろ向き合わないといけない。

企業と企業がすべきこと

僕が今年初めからいるのはベンチャーで、勤務条件を非常に柔軟に設定でき、まさにプロフェッショナルを求めている。一方で創業3年目で従業員30名程度の新興中小企業で、企業継続リスクの高さを織り込むとプロフェッショナルの転職先に考えてもらうにはハードルが高い。

かつての僕のような「半分は現職場に身を置きつつ、半分はベンチャーに参加してみたい」といったリスクヘッジしつつ参加してみたい人がいてくれないかな、週2日勤務とか1日4時間勤務とか応じられるんだけどな、と思ったりもする。例えば前職の同僚には、と考える。でも思い当たらない。いるわけがない。だってそれをしようと思ったら、彼らもかつての僕を諦めさせた「労務管理の壁」をなんとかする苦労から始めなければいけないんだもの。

大副業時代を前に、企業が厚労省のうたうような「副業促進することのメリット」に興味があるようなら、いま取り組む必要があるのは「必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応」に向き合うことだと思う。それも、企業間で調整、情報共有、連携が必要な「必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応」について、2社以上で泥臭く前例を作り、できることなら枠組み、スキームに昇華すること。

現在の副業議論では、自社の既存従業員を外部に出すスタンスでの話を盛んに聞く。でも前述のメリットを得たいのであれば「どういう形で兼業社員を正規雇用するか」に答えられるようになることが必要だろう。そこの議論って、果たして広まっているんだろうか。

僕は経営陣でも人事部門でもないから確約はできないけど、僕のいる会社は兼業の受入れから企業間での労務管理連携まで、柔軟に取り組んでいける会社だと信じてる。その可能性が見えるなら、彼らを議論に巻き込むこともできると思っている。もしそういう会社が他にもあって、真剣に副業促進を検討していて、同じ課題意識を持っているところがあったら、どんな議論ができるだろう。どんな可能性を見つけられるだろう。

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ヘッダ画像はITU Picturesによる「Mr. Greg Wyler, Founder and Executive Chairman, OneWeb and… | Flickr」の一部。

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