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ブラックフライデーに歴史あり

先週金曜日がいわゆるブラックフライデーで、街中を歩くとセールをやっているところも少なくない。紳士服のアオキがブラックフライデーの幟を出したり、カルディがブラックフライデー価格にしてるのがいぶりがっこタルタルソースだったり、ハロウィン並みに輸入文化として浸透した感じがある。平たく言うと、もうアメリカンな感覚じゃない。

「ブラック」表現排除とブラックフライデー

Amazonなどでは数年前から見かけたけど、街中でブラックフライデーの文字を見かけるようになったのはこの4、5年という気がする。それでも今年からというわけではなくて、いまさらオッと思ったのは、いま「ブラック」というのがセンシティブな語になっているからだ。ITの世界では長く使われてきたブラックリストとホワイトリストという語が、デナイ(禁止)リストとアロウ(許可)リストに改められるなどの動きがあった。

だからブラックフライデーという語が生き残っているのにちょっと驚いたのだけど、そこは僕の認識違いであったらしい。Facebookで「ブラックをネガティブワードとして使っているわけではないから」といったコメントをもらって気がついた。語源に関わりなく「ブラック」という用語が見直される流れではあるけど、ただしそれはネガティブなニュアンスで使われてる場合に限られるようだ。

「これは一種の自覚なき組織的差別だ。人々がそれと気づかないまま、ブラックという言葉を常にネガティブな要素に結びつけていることは、一見無害なだけにたちが悪く、うんざりする」とジョセフ氏は話す。
「言語がもつ性質上、(中略)その単語をどのような意味に用いようと、(ノード間の接続によって)その単語が内包するすべての意味が一緒についてくる」と、センドロイ教授は話す。ブラックリストとホワイトリストの例については、「それらの用語が特に人種的な背景を伴って使われているとは思わないが、だからといって(そこから連想される意味が)消えてなくなるわけではない。脳はそのように働くものだからだ」と、センドロイ教授は述べた。

ブラックフライデーはポジティブなニュアンスの用語だからいいということになるのだけど、やはりFacebookで「1970年代のSteely Danのアルバム『Katy Lied』に『Black Friday』という曲があり、歌詞カードでは『暗黒の金曜日』のようなネガティブなニュアンスで訳されてた」と教えてもらった。興味を惹かれて、ちょっとググったり英語版Wikipediaからリンク先を2、3辿ったりしてみた。

「真っ暗な金曜日」から「黒字の金曜日」

Wikipediaでは日本語版でも英語版でも、その発祥はフィラデルフィアの警察官たちが恐れた「真っ暗な金曜日」だとしている。

アメリカ合衆国では感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日は正式の休暇日ではないが休暇になることが多く、ブラックフライデー当日は感謝祭プレゼントの売れ残り一掃セール日にもなっている。買い物客が殺到して小売店が繁盛することで知られ(略)名付けたのはフィラデルフィアの警察で、人が外に溢れて仕事が増えるために「真っ暗な金曜日」と呼んだことがきっかけとされる。

12時間交代勤務(ということは12時間連勤?)になった交通警官の談話なども残っているようで、これが毎年のことならそれは恐怖の金曜日だろう。万引きの電話が殺到したという話もあるようだ。こうした話を紹介しているAmerican Dialect Society(アメリカ方言協会)のメールアーカイブに、1980年代のフィラデルフィア・インクワイヤーの記事が出てくる。ここには次のような話も出てくる。

1970年代にはブラックフライデーという言葉は普及していたが、この「買い物客が殺到して小売店が繁盛する」商機に水を差す「真っ暗な金曜日」という呼び方を小売業界は当時嫌っていたらしい。そこで「ビッグフライデー」などの呼称を使おうとしたが普及しなかった。ちなみに小売業界でもブラックフライデーという言葉の認識はまちまちで「従業員が言い出した、一生懸命働く長く大変な日だ」「膨大な在庫を抱えて迎えることを恐れる金曜日だ、金融業界が恐れる株価大暴落のあった1929年のブラックフライデーの再来のように」といった趣旨の発言が見つかる。

この日をどう思うかという点では、「誰もが幸福に顔を見合わせるこの日をなぜブラックと呼ぶのか」「この日が好きだ。グリーンフライデーとでも呼ぶべきだ」といった談話も見つかる。つまり警官や小売店員にとっては過酷な日だが、小売店主と購買客にとっては幸せな日という、ポジティブとネガティブの二面がある日なのだ。したがってブラックフライデーという呼称にも、ポジティブな解釈も見つかる。1981年の記事に以下がある。

Because it is a day retailers make profits -- black ink, said Grace McFeeley of Cherry Hill Mall.

さくらんぼが丘商店街のグレースによれば「利益を、黒字で記録する日」だと。この解釈は小売業界の人たちにも共感できたのだろう。ブラック・フライデーは現在もブラック・フライデーのまま、楽しいセール期間を指す言葉として使われてる。

ブラックフライデーを塗り替える

ブラックフライデーから週末を挟んだ月曜日は、いまではサイバーマンデーと呼ばれている。ブラックフライデーで収まらない買い物客がオンラインストアに殺到するという新しい(1970年代にはなかった)新しい商機だ。もっとも実店舗もサイバーマンデーセールをやり始めてるし、Adobeは今後これがサイバーウィーク、サイバーマンスに拡大すると予想しているらしい。

ところでこうして歴史を辿るきっかけになったSteely DanのBlack Fridayだけど、こちらは株価大暴落を指す暗黒の金曜日にニュアンスのようだ。次のような日本語訳詞を示しているブログ記事があった。

ブラックフライデーがやってきたら
扉の側にしっかり立って
14階から飛び降りてくる
青ざめたやつらを受け止めてやるんだ

この2008年のブログ記事では「そもそもは、金曜日がキリストの処刑日であったことが語源になっているよう」とし、辞書からの引用でブラックフライデーが「一般的に暴落の日を表わす」ことを示している。感謝祭翌日の金曜日も、警官や小売店員の苦難を語源とすればこちらのルーツに連なる語用だし、小売店の在庫への恐怖がそのもの株価大暴落のブラックフライデーに例えられていた。

それがみんなの意見(警官や店員より顧客層はずっと多いだろう)によって、いつのまにか楽しいセールを指す語になり、誰かのアイデアとフィラデルフィア・インクワイヤー紙の筆致によってポジティブな意味を与えられた。Wikipedia日本語版によれば、2016年の新聞三紙が国内でのブラックフライデー導入を「黒字の金曜」との訳語で報じたようだ。小売業界におけるブラックフライデーは、いまやポジティブワードだ。

同時に、僕たちは(少なくとも僕の世代は)世界恐慌を引き起こした1929年の株価大暴落、ウォール街大暴落をブラックマンデーという呼び方で教えられている。僕は今回調べるまで、それがブラックフライデー(あるいはブラックサーズデーやブラックチューズデー)とも呼ばれていることは知らなかった。そしてそれを知らなければ、ブラックフライデーとは11月末に来るセールのことでしかなくなる。

この株式の崩壊を表すために、「ブラックサーズデー」、続いて「ブラックフライデー」、「ブラックマンデー」および「ブラックチューズデー」の4つの段階が通常使われている。大暴落は1日の出来事ではなかったため、この4つの段階はすべて適切である。最初の暴落は1929年10月24日(木曜日)に起こったが、壊滅的な下落は28日(月曜日)と同29日(火曜日)に起こり、アメリカ合衆国と世界に広がる前例のない、また長期にわたる経済不況の警鐘と始まりに急展開した。

こうして辿ってみると、ブラックフライデーという言葉の歴史はなかなか面白い。「ブラックフライデーはポジティブなニュアンスの用語だからいいということになる」と書いたけど、当初は警官や小売店員にとって過酷な「真っ暗な金曜日」の意味だった。でもそれが誰かの機転とそれを紹介する新聞紙により、地元小売業者が潤う歳末商戦の1日目、「黒字の金曜日」というポジティブワードに生まれ変わった。

そもそもを言えばセールのことを指す語ですらなかった。1929年のウォール街大暴落とそれに先立つ2回の株価大暴落を指す「暗黒の金曜日」としてのブラックフライデーがあり、そこから派生したのが感謝祭翌日のセールにつけられたブラックフライデーという呼び名だった。それがいつのまにか意味が逆転しただけでなく、世の中一般にとってのブラックフライデーの意味を上書きしようとしている。置換えようとしている。派生語「小売業界の黒字の金曜日」が元祖「金融業界の暗黒の金曜日」に代わって本家「ブラックフライデー」の座についてしまいそうな現状にある。

ちょっとよく知らない新興セールの名前の意味を調べるだけのつもりだったけど、そこにあったのは生きた言葉の、100年に渡りいまだ続いている大冒険だったという感じだ。

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