見出し画像

3個のグローブの使い方

日本の学校教育に、突然ユニークな課題が持ち上がりました。

メジャーリーグで活躍するスーパースターから、どの学校にもグローブが3個届くというのです。

これが、たとえば地域の篤志家からのプレゼントだったら、ここまで大きな話題になりませんし、大変失礼な事ですが「なんで3個だけなんですかね」「こんなのもらっても…」「サッカーボールなら良かったのに」などと、言い始める教員も居るかも知れません。

しかし、実は、この3個のグローブ自体がメッセージになっているのでは無いでしょうか。

ピッチャーとバッターの二刀流という、大抵の野球の専門家が否定してきた事を、プロの世界、それも世界最高峰のメジャーリーグでやってのけた大谷選手。いわば、「不可能」という私たちの思い込みや偏見を吹き飛ばしてくれたのが、特に今年1年間の、WBCからの彼の活躍です。

その彼からの、太平洋を超えたプレゼントで、もし私たち日本人が悩んでいるとしたら、彼がやってきた事を全く理解していない事になります。

そもそも日本に野球を広めたのは旧制高校や旧制中学(今の大学や高等学校)の学生・生徒、つまり日本の子どもたちです。もちろん米国で覚えたり、日本に滞在中のアメリカ人に習ったりして、指導する大人もいたでしょうが、当時の子どもたちの圧倒的な支持によって、野球は全国的なブームとなり、100年以上前に現在の甲子園大会も始まりました。

当時の野球ブームの中で軟式野球の誕生もありましたが、昭和時代に日本で野球が普及したのは、各時代のプロ野球のスーパースターの存在と

棒状のモノと、丸い球状のモノとがあれば野球ができる事、四角い線を引けばベース代わりになる事、ベースを四方に書かなくても3つのベースで済むこと、人が足りなければ後ろのランナーは仮にいる事にすればいい事、身体能力に劣る年少者が混じっていれば特別ルールを作ればいい事、などを考えたり伝えたり定着させたりした子どもたちのアイデアのおかげです。

野球はサッカーに比べると用具も多ければルールも複雑ですが、子どもたちの知恵で、用具を無しで済ませたり、新たに作ったり、ローカルルールを設定したり、という創意工夫の余地があるところに、昭和の子どもたちはひかれたのだと思います。

そこで大谷選手のグローブですが

使い方を考えるのは、それを使う子どもたち自身の役目です

「これは君たちへのプレゼントで、先生たちの物じゃない。使い方を考えてもらえないかな?」

6年生から1年生まで、その学年なりに、クラス内の各グループやクラス全体で考えたり、調べたり、野球の経験者に尋ねたり…

グループごと、クラスごとのプレゼンテーションをやってみたり、全校生徒や保護者の前で発表したり…

順番?交替?抽選?もっとグローブが集まったらいいんじゃない?とか、バットが3本あればどうかな?とか、グローブが回ってくるまで「キャッチング」の練習すれば良いんじゃない?とか、キャッチボールだけじゃなくて、ランナーを組み合わせたら、遊べる人が増やせるらしいよ、とか…

子どもたち自身にいろんな事を考えてもらえば良いだけの話で、おそらく、物資も娯楽も少ない昭和時代にはそれが当たり前でした。

そこで重要になるのが大人、特に教員の役目で、なかなか良いアイデアが出ない時には

「そういえば、君たち、いつも遊んでいる時には、こんな感じでやってたりするよね… 」と、さりげないアドバイスをすると、たいてい子どもたちの方で察してくれます。

「あ!そうや、こんなしたらええんちゃう?」

子どもたちは、自分自身でひらめいたアイデアのように思い込んでくれます。その達成感と、自分の経験が他の局面で役に立った、という成功体験がとても大事で、それが「学ぶ」という事です。

他にもこの3個のグローブから、野球そのものについて学んだり、ベースボールの歴史、スポーツ全般、プロスポーツについて、ロサンジェルス、ドジャースタジアムには学校からどうやって行けば到達するか、アメリカの寄付文化、アメリカそのもの、グローブの構造、昔は少年雑誌の付録がグローブの型紙で布を縫って作ったらしいから作ってみるとか、グローブの価格設定、日本の学校の総数、いくら経費がかかるとか、じゃあ、9個のグローブだったらいくつ必要とか、学べるテーマが数限りなく出てきます。

「あ〜、そういやプレゼントもらったけど、大谷選手に何もしなくていいのかな… 」「お礼言うたほうがええんちゃう?」「どうしたらいいかな… 」「手紙!」「メール!」「え?住所とかメールアドレスとか知ってるの?」「ネットで調べる!」「でも日本語の手紙でアメリカに届くのかな… ?」「英語で書く!」「ALTの先生に聞く!」「とりあえずドジャースに出したら届けてもらえるんちゃう⁈」などなど…

いろんな展開がいくらでも広がりそうですが、実は、時間とともにこの有り難いプレゼント、新品のグローブもボロボロになります。(あ、手入れどうするか問題、限界が来たら保存に切り替えるか問題も、そのうち考えてもらわないといけませんね)

しかし、このグローブを通して子どもたちが体験したり、考えたり、学んだりした事は、子どもたちが自分の未来をつくる基礎の一部となって、ずっと将来も生き続けます。

高松市に50近くある小学校で、どんな反応が起きるか楽しみです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?