【5分でラブ・ストーリー】教師と生徒のとある放課後【小説】【noteクリエイターフェス参加中】

「先生、あげる」

背後からかけられた声に振り返ると、笹倉がコンビニの小さなビニール袋を俺の顔の前に差し出していた。笹倉は俺が受け持っているクラスの生徒の一人だ。

「何だ、これ」
「肉まん」

見ると、笹倉の右手にも同じように湯気の立つ饅頭を持っているのが目に入った。大学入試も近づいているというのに、日本史のテスト結果があまりにも酷かった笹倉に対して特別補習(という半ば説教)を施していた。もう日もすっかり落ちている。

ちょっと待ってて、と校門の前で待たされたかと思うと、どうやらわざわざこれを買いに行っていたらしい。

「ありがとう。けど、こういうの今度からいいから」
「何で。お礼だよ」
「子供がそういうことに気を回さなくていい」

折角の親切心に対して冷たすぎたのだろうか、笹倉は少し虚を突かれたような顔をした後、ごめんなさい、と小声でつぶやくように言った。

「いや、何だ・・・謝るようなことじゃないけど、な」
「うえじゅん、一応先生だもんね」
「植山 純一先生と言え」
「よっ、一流大学卒業のエリート教師」

お前なあ、とお決まりのような声をあげてみる。生徒たちにいじられることも、最近はもう慣れた。敬語を使われないことも、同様に気にならなくなった。

勿論時々、思わずむっとしてしまうこともある。けれど、そういうコミュニケーションを取ることで、生徒たちなりに大人と対等に付き合っているという優越感を感じているのだと思うと、可愛気があると思わないこともない。

「こういう寒い日ってさあ、落ち込みやすいから温かいもの食べると良いんだって」
「へえ。誰が言ってたんだ」
「わかんない。昔の漫画に描いてあるらしい」

ふうん、と相槌を打つ。聞いたことがなかったが、日本よりも遥かに寒い異国は自殺率が高いという話を思い出す。漫画の話とはいえ、案外的を得ているのかもしれない。

笹倉と話している間にも、日は完全に沈み、街頭や住宅地の明かりが夜というぬかりの無い黒に対抗する時間となってきた。

ちょっと遅くなりすぎたな。そう考えを巡らせた時、笹倉が息を短く吸う音が聞こえた。

「あの、びっくりするかもしれないけど」
「何だよ。相談か」
「うーん、それに近いかも」
「進路か?家族のこと?」

違う、と笹倉は短く切るように言葉を発した。そこから、周りに漂う空気を全て溜め込むようにしながら、極めて慎重に言葉を絞り出した。

「植山先生のこと、好きです」

あ?!と咄嗟に出た声と同時に、白い息が自分の口から大量に空気中に吐き出された。

笹倉の表情を読み取るには門灯の明かりには少し物足りなかった。
俺の視線よりも、やや下にある頭の丸みだけが、はっきりと浮かび上がっている。

学校指定のネイビーのコートのボタンをきっちりと留め、身体に比べるとやや不釣り合いなサイズのデイバックを背負う笹倉の輪郭が、不自然に大きく見えた。

「それだけ、です」

少し震えるような声になっていた笹倉の言葉の輪郭を、俺の頭の中でなぞる。

それだけ。

「落ち込んだときは、温かいもの食べると良いっていうから・・・予防線、張りました」

へへ、と笑いながら、笹倉はおどけたような仕草で肉まんを口に運んだ。俺が何て返すべきか、言葉を選ぶ間にあっという間に食べ終えてしまう。
笹倉の吐いた息が、マフラーから漏れ出るように白く浮かんだ。

「ごめんね。黙っとけば良かったよね」

迷惑料と思ってそれ食べて、と笹倉は俺に手渡したビニール袋を指さした。

「そしたら失礼しましたー!!今度のテストは頑張りまーす!」

「笹倉!!」

ぱっと踵を返して、走りかけた笹倉が俺の大声に立ち止まる。

「お前なあ!!迷惑料とか、そういうこと言うな!!」

街頭の明かりに照らされて、本人の2倍以上になった笹倉の影がぐらぐらと揺れた。

逆光となっている笹倉の顔を何とか読み取ろうと、その顔を見つめた。

「俺は教師だから・・・教師だから、お前の気持ちに対して何もできないが、迷惑なわけ、無いだろうが!!」

ひっ、としゃくりあげるような声が確かに聞こえた。

手を伸ばしたくなる気持ちを堪え、俺は続ける。

「俺がもっと・・・温かいもの、おごってやるから!」
「何言ってんの」

湿った声で、笹倉は少し強がるようにへらず口を叩いた。

「じゃ、大学受かったらラーメンでもおごってよ」

いくらでも奢るわ、公務員なめんなよ、と俺もいつものような軽口を返す。

目の前にいる生徒のこれからを祝福するように、澄んだ夜空に月がくっきりと浮かび、周りにとりまく雲を明るく照らしていた。







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