ショートショート 帰巣本能
仕事の帰り道、タバコを口にくわえ火をつける。煙を肺いっぱいに吸い込み、ふぅーと吐き出す。良くないことと理解しているが、帰り道の夜風に吹かれながら吸う一本がやめられない。幸いこの道は人通りが少なく、歩きタバコをしていても誰かに白い目でみられることはなかった。
今日も終電になってしまったなと思っていると、胸ポケットにいれていたスマホがブブッと震えた。歩きながら画面を確認するとニュースの通知が表示されていた。内容は火事であった。またか、と呟いてしまうほど最近は火事が頻発している。いずれもタバコの不始末と報道されているが、あまりの件数の多さに、一部のネットニュースでは事故に見せかけた放火事件なのではと噂されている。そのようなニュースを見る度に、なんの根拠もないのに阿呆な噂を立てるなと私は鼻で笑いとばしていた。
スマホを胸ポケットに戻し、残り短くなったタバコを名残惜しく地面に叩きつけ、歩くついでに一踏みし、自宅へと帰った。
自宅は木造アパートの二階である。この時間は周囲が静かで、外に面したアルミ製の階段を上るカンカンという音だけが響き渡るのだが、今日は何やら声が聞こえる。
「……だ……ま。」
こんな時間に立ち話か?珍しいなと思ったが、階段を上り終えても外には誰もいなかった。気のせいだったのかと首をかしげながら、自宅の玄関へ向かった。すると、玄関前にタバコの吸殻が何十本も捨てられていることに気づいた。
「何だよ、これ!嫌がらせか?」
チッと舌打ちをしながら、玄関の鍵を開け部屋に入り、シンクに置きっぱなしにしていたビールの空き缶に水をため、ゴミ袋を取り出す。誰が吸ったかわからない吸い殻を私が処理するのは気に入らないが、さすがにそのままにしておくわけにもいかない。すると外から再び声が聞こえてきた。
「……だ……ま。ただ……ま。」
嫌がらせの犯人が戻ってきたか!私は逃がすまいと玄関へ走り、扉を開けた。
「誰だっ!」
しかし、目の前には誰もいない。身体を乗り出し周囲を見渡すが、人の気配はない。どうなってるんだと思った瞬間、足元から声が聞こえてきた。
「ただいま。ただいま。ただいま。ただいま。」
声のする方へ顔を向けると、タバコの吸殻が部屋の中へなだれ込んでいる。奇妙な光景に私は腰が砕け、その場に尻もちをついた。
「おいおい、何が起きてるんだ。ただいまって……。まさか、帰ってきているのか……。」
よく見ると吸い殻は全て私が吸っている銘柄であった。恐怖と焦りのなか、私は視界に真っ赤な火の光と煙を捉えた。慌てて缶に貯めていた水をかけると、吸い殻達は声を失い、動かなくなった。ふと先程のニュースが脳裏をよぎる。
「たばこの不始末による火事って……。」
私はこれまで捨ててきたタバコの数を想像し、その場で動けなくなった。
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