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中国共産党大会の告知文の書きぶりに、ちょいと「引っかかる」ものを感じる件

8月30日中国共産党政治局が会議を開き、秋に予定されていた第20回共産党大会を10月16日に開催することを決めた(厳密には「中央委員会への提案」)。

「国慶節の休暇明けから1週間あまりで開催とは、予想していたより早く開催するんだな…」と思ったが、この告知(新華社報道)を読んでいて、何かしら「引っかかる」ものを感じたので、その話をする。

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話が飛ぶが、党大会というのは国家指導者の人事だけ決める訳じゃなくて、新しく選任される党中央委員会が、任期(第20期の5年間)中の党・国家運営の基本方向を討議・決定する場でもある。

そのために、大会では総書記が中央委員会に政治報告をする。5年前の第19回党大会で、習近平が3時間半にわたる長広舌を振るって、列席した江沢民が腕時計をチラ見したり居眠りしたのを覚えている人もいるだろう。

今秋の党大会についても、既に7月26、27日の両日、各省(地方)のトップや中央の閣僚級の指導者を召集して、習近平が大会開催の基本方向について講話をしている(省部级主要领导干部专题研讨班)。いわば「予告編」だ。

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話を戻すと、「引っかかった」のは、今日の告知(以下「告知」と呼ぶ)の表現、書きぶりが、7月26、27日の講話(以下「講話」と呼ぶ)と違うからだ。

講話の内容は、新華社が約3500字を使ってかなり詳しく報じている(习近平在省部级主要领导干部“学习习近平总书记重要讲话精神,迎接党的二十大”专题研讨班上发表重要讲话)。これに対して、告知は700字足らずと、分量が1/5。

だから中身の精粗に差があるのは当然なのだが、それだけでなく「今の中国で、こんな書き方して、書いた人はクビにならないの!?」と、他人事ながら訝しむような食い違いが見られるのだ。


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 講話の方は「至るところに習近平語録が散りばめられている」感じで、中でも「新時代」がキーワードだ。

 習近平は共産党建党百周年だった去年、「全面小康」を達成した(貧困を撲滅して「いくらかゆとりのある暮らし」を全面的に実現すること)。これで中国の発展は「豊かになること」を目指したこれまでのステージをクリアして、次の「強くなること」を目指すステージに進んだ(ことになっている)。

 これが「新時代」のゆえんであり、そこには「自分は新中国を建国した毛沢東、豊かになる道を拓いた鄧小平と同等の指導者だ」という自負も込められているのだろう。だから、習近平は「新時代」という言葉が大好きで、3500字の講話の報道記事の中に7回も出てくる。

 「新時代」の目標は、向こう約30年間を見据えて、前半・後半の二つの道程に分かれている。前半の目標は、2035年に「社会主義現代化を基本的に実現」することであり、後半の目標は建国百周年の2049年に「社会主義現代化強国」になって「中華民族の偉大な復興」を実現することだとされている。
「社会主義現代化の基本的実現」とは、豊かで文明的、現代的で、エコな中国を実現する、といった意味合いで、それだけじゃ漠然としすぎているので、「2035年に1人当たりGDPを中等先進国並みに引き上げる」という数値目標が付いている(≒向こう14年間、年平均4.5%前後の成長を維持する必要)。

これは昨2021年3月に定められた「第14次五ヶ年計画」で決められた中身そのままなのだが、この1年半の間に内外の環境が激変したことをどう評価するか。

① 中国では不動産が深刻な不況でガタガタになり「不動産繁栄時代の終焉」が語られるようになった。
② 地方政府も、過去10年の過剰投資と折からの不動産不況で財政危機、インフラ投資の余力がなくなっている、
③ 残る消費もゼロ・コロナ政策とIT大手企業の不況で若者(半分は大卒生)の失業率が20%になっている。

目を海外に転ずると、

④ 米中対立に加えてロシア・ウクライナ戦争まで勃発して、世界はいよいよ「西側対中露、両者を遠巻きにする第三世界」というデカップル化の道を進んでいる。40年ぶりに襲ってきたインフレのせいで、主要国が金利引き上げを余儀なくされている結果、
⑤ 世界経済がスタグフレーションに向かっているだけでなく、米国の利上げで世界中にばらまかれたドルの流動性が引き揚げられて、
⑥途上国が次々と金融危機に襲われるだろう。

この1年半の間に、これほど成長リスクが急拡大したのに、講話はこの目標を見直さないどころか、「社会主義現代化建設の出だしの5年間をうまく発展していくことは、二つめの百周年(2049年)の奮闘目標達成のために極めて重要だ」と発破をかけているのである。本当に実現できると考えているのだろうか。


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一方、告知の方には何と書いてあるか。
いかにも「中国共産党用語」っぽい言葉として

① 「以習近平同志為核心的党中央・・・習近平同志を核心とする党中央」
② 「五位一体」・・・経済,政治、文化、社会、生態文明の五つを一体として発展
③ 「四個全面」・・・社会主義現代化国家の全面建設、全面的な改革深化、全面的な依法治国、全面的な厳しい党内統治)


の三つが登場する。いずれも一見すると、習近平の用語法に思える。ところが、この三つの言葉は、講話では一度も使われていないのだ。

おそらく、①は権力を確立した今や「用済み」、②は胡錦濤が言い出した言葉で、習近平の用語法では、ここらを「社会主義現代化」と言い表している、③は習近平自身が言い出した言葉だが、初出は「新時代」に入る前の2014年と古くて、今や「二つの百周年」にモデルチェンジした言葉だ、といった事情があるのだろう。

また、講話で習近平が何度も強調した「新時代」は、告知には一度しか出てこない。加えて、「中国特色社会主義(中国の特色ある社会主義)」という言葉が二度出てくるのだが、この言葉は、習近平の用語法によると「新時代中国特色社会主義」と言わなければならないのに、告知は一回「新時代」を付けずに使っている。

言葉遣いに厳格な中国で、格別に忖度すべき対象である習近平が肝いりで準備する党大会について、既に一月前に講話で文例が出ているのに、敢えて言葉がすれ違うような文章にするのは何故なのか?


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「新時代」「二つの百周年」云々は、習近平が長期執政を実現するために広げた大風呂敷だ。そういう使命のかかった「新時代」に入るからこそ、自分が慣例を破って長期留任する必要があるのだとアピールしてきたと言える。「情勢が急変したから」と風呂敷を畳めば「それなら長期留任する必要もなくなる」と言われかねないので、今さら降りられないのだろう。

しかし、去年決めた楽観的な経済政策をそのまま踏襲することに躊躇いを覚える人も少なくないのではないか。

これ以上の情報はないし、もともと「権力闘争」論は私の守備範囲ではないので、ここから先は憶測でしかないが、習近平が講話で示した党大会の基調に異論が出ている可能性がある。

それでも、党大会の基調が変わることはないだろう。それにはたいへんなエネルギーが必要だが、そこまでのゴタゴタが起きている気配は感じられない。しかし、これが向こう5年間の経済政策の基調として定まれば、現実から目をそらした咎(とが)として、三期目習近平政権は自縄自縛に苦しむことになるだろう。


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