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中国不動産問題について(続々)

若き畏友、髙口康太兄が最近中国不動産バブルの行方を追いかけている。このコラムの副題「スイカやニンニクで物件購入?」というのは、「真の狙いは「形を変えた値引き」だ」と明かされる。相変わらず、掴み方が上手いねw。

地元政府が販売価格を規制しているので、意のままに値引きすることができない販売業者が編み出した脱法的値引き手段が「スイカやニンニク」だという。中国の不動産市場は、なかなか値崩れしにくい構造なのだが、需給が相当悪化していることの表れの一端だろう。

このコラムのポイントも、「中国の不動産がほんとうに危なくなり始めているのではないか?」にある。私も最近気になって何度かポストしてきたので、髙口コラムで取り上げられている何点かについて、ちょいとコメントしたい。

「地方、とくに「新都市」がやばい」という指摘は、そのとおりだと思う。不動産は「立地特性」が千差万別だから、一刀両断に論じることはできない。しかし、土地を払い下げて収入を得たい、都市建設投資でGDPを押し上げたい地方政府が主導して、都市の中心部から離れた場所に林立した「新城(新都市)」に需要を無視したものが多いことは否定のしようがない。

一方、髙口兄が不動産神話が生まれた訳について、以下のように述べている点は、少し敷衍したい。

中国不動産業界についてよくある疑問として、こんなバブルなのになぜ中国人は住宅を買うのか、「房奴(ファンヌー=住宅ローン奴隷)」になってもよいのか、というものがある。… 結局のところ、価格は上がり続けるという「不動産神話」が強固なため、少しでも早く不動産を購入したほうが経済的に正しいと信じられていること、この1点に尽きる

「1点に尽きる」は言い過ぎかな。「金の投じ先として、何が安全か?」という比較の視点というのも大切だと思う。「オンライン教育が有望だ」と考えて株を買ったら、政府の突然の「塾潰し」政策のせいで、株価が1/10に下落してしまうのが中国。「実物投資」は悪くすると「全損」になってしまう。「その点、不動産はどんなに値下がりしても、せいぜい2,3割まで。海外に金を持ち出せない中国では、いちばん安全な投資先」と見られてきたのだ。

中国人がそう考える理由は二つある。一つは「過去20年、どんなに値下がりしてもその程度だった」という経験則、もう一つは「だって、それ以上値下がりしていちばん困るのは政府だから、値下がりを放置、拱手傍観するはずはない」という「読み」だ。政府が何を考え、どう動くかを「読む」ことは、中国で生きていく上で欠かせないのだ。

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これまでは当てはまってきた経験則だが、最近雲行きが怪しくなってきた。2020年、不動産バブル再燃後、習近平政権が採った不動産業界に対する融資引き締め政策は、いちばん派手な経営を行っていた業界最大手、恒大集団を危機に陥れただけでなく、昨年後半からは不動産業界全体を危機的状況に陥れてしまった。

本件に限らず、問題意識や動機に一理あっても、政策遂行の力加減が上手くできずに「やり過ぎ」の結果を招いてしまうのは、権力が集中した習近平政権の特徴と言うか、通弊だ。

事態が深刻化した昨年秋、ようやく厳しすぎた引き締めを緩める軌道修正が始まったが、タイミングを逸した。不動産市場は一向に回復せず、今年上半期の住宅販売面積は対前年比-26.6%、新規着工面積は-35.4%、土地仕入れは-48.3%と、惨憺たる成績だった。

中央も地方もいろいろと手を打っているのに、不動産市場が回復しないのは、習近平が5年前に発した「住宅は住むためのものであって、投機するものじゃない」というスローガンが閂(かんぬき)のように嵌まっているせいでもある。役人も経済人も市場を回復させることに気を取られて、この閂をおろそかにしたと見られれば、どんな罰が降ってくるか分かったものじゃない、という不安心理があるので、エンジンがかからない。
一方、「エンジンがかかれば」不動産バブルが再燃するだろう。要するに、中国不動産市場は、進むことも退くこともままならない袋小路に入ってしまった。

不動産の落ち込みは景気を落ち込ませるだけでなく、「二次災害」も生んでいる。地方政府の全歳入の3割を占める土地払下げ収入が今年上半期に31.4%も落ち込んで、地方政府が財政難に陥ってしまった。
また、購入代金を払ったのに、業者の資金難で工事がストップ、引き渡しを受けられない購入者が集団でローン支払いを拒否する「ローン反乱」も起きた。そう聞いて「いまマンションを買うのは危険」ムードが拡がり、不動産市場はますます冷え込んでいる。そうなると、「不動産投資がいちばん安全」という経験則も揺らぎ始める。

その様子を見ていると、不動産を巡るエコシステムが壊れてしまったんじゃないかと感じられ、なんだか30年前、不動産バブル退治に入れ込みすぎた日本が深刻な経済不振に陥ってしまったことを思い起こす。

「中国って、日本の轍を踏まないように、「バブル崩壊」やら「失われた20年」の研究をずいぶんしてきたんじゃなかったの!?」

さらに不思議でならないのは、これまで経済を揺らがせる「システミック・リスク」に繋がりそうな問題が起きれば、迅速果敢に行動してきた中国政府の動きが、今回は非常に緩慢なことだ。「代金受領済みのマンションは、工事を完成させて購入者に引き渡すことを最優先課題にすべき」ということは、昨年夏、恒大集団が経営危機に陥った当初から言われていたのに、「ローン反乱」が拡がるまで手を拱いていたのは「何やってんだ!?」とヤジが飛んでもおかしくない不出来さだ。

最初は、地方政府も借金で首が回らないうえ、財政難も深刻化して「先立つ物がない」せいで動けないのかな?と思っていたが、金欠の地方政府だけでなく中央政府も「地方任せ」な姿勢なのを見ると、それだけではない気がしてきた(注)。
習近平に権力が集中して、誰も意見、諫言ができなくなったせいではないのか。この点に関して、二つの題材を提供したい。

一つは、米国に亡命するように移住した改革派の学者、蔡霞女史が<Foreign Affiars>誌に投稿した「習近平の弱点」という論考だ。大きな反響を呼んでいるが、中文英文ともに長大なので、近藤大介氏の解説を挙げる。その一節に「官僚機構の多くの人々は不満と失望を募らせている。とはいえ彼らは、積極的に抵抗するのではなく、不作為(サボり)という行動を取っている 」とある。
中国語に「看着办(カンジャバン)」という言い方がある。下の意見を容れずに説教ばかりする習近平に対して「お好きなようにおやりください」、もっとくだけて言うと「勝手にしろ」みたいな語感だ。

もう一つの題材は、7月26,27日の両日(北戴河の直前)、地方指導者や閣僚級幹部を召集して習近平が開いた勉強会だ。講話の中身は「来たる第20回党大会は、こういう方向で行く」という予告編で、全編「習近平節」が散りばめられている(この中身がまた驚く中身なのだが、話が長くなりすぎるから、またの機会に)。
話題を呼んでいるのは、参会者面々の表情だ。動画で見られるのだが、ひな壇に並んだ残る常務委員も、数百名の参加者も、みな能面のような無表情。誰一人メモを取っていないのは「取るな」と禁じられたせいかもしれないが、中国通の間で「こんな雰囲気見たことない」と、話題なのだ。
「こういう雰囲気じゃ、火勢を怖れずに火事場に飛び込んでいく消防隊長みたいな人は出てこないかもな…」やっぱり「看着办」か‥。

だから「中国は革命前夜」という訳ではない。蔡霞女子も近藤大介氏も習近平の三選を疑う人は誰もいない。けれど、どんどん孤独になり、どんどん不機嫌になる習近平の三期目は、やりたい放題だった二期目とは打って変わって困難に満ちたものになるだろうし、世界もその影響を受けずにはいられないだろう。

…あれ? 今日は不動産の話じゃなかったっけ!?w


注:8月19日、住宅都市農村建設部(住建部)、財政部、人民銀行などの関係省庁が政策性銀行(※国家開発銀行など)の専用借款方式を通じて「保交楼稳民生(※住戸引き渡しを確保して民生の安定を図る)」に焦点を合わせた政策を打ち出す、という趣旨の記事が出た。

記事は「この特別融資は、販売済みだが引渡しが延滞しているマンションの建設・引渡しに用途を厳格に限定し、運用もクローズドで専用資金を提供する。この特別融資をテコにして銀行融資がフォローすることで、延滞・困難な分譲住宅の建設・引渡しを支援する」と言うのだが、これだけ読んでも仕組みがはっきりしない。

国家開発銀行は主に地方政府などに融資する銀行であり、潰れかけのデベロッパーに直貸しするはずはない。記事中の「この特別融資をテコにして銀行融資がフォローする」という書き方から憶測すると、開発銀行が融資する相手は、未完工マンションを抱える地元政府、地元政府はこれを銀行の専用エスクロー口座に入れて運用状況を監視する、銀行はこれを預金担保として、地元政府との協議・承認の下でデベロッパーに融資する‥といった仕組みなのではないか。(住建部のホームページに同部倪虹部長をヘッドとする関係省庁タスクフォースが福建省福州市政府に赴き、このスキームの進捗状況を聴取する記事が出ていたのが根拠w)。

8月14日にポストした「中国不動産問題について(続)」で、「資金ショートで中断している工事を再開できる『つなぎ資金』を融通するビークルを設けて、そこがする融資には政府が債務保証を付けろ」と書いたが、これと同工異曲の仕組み、なのかもしれない。
「中央は金欠の地方政府にカネを貸すが、最後の責任は地方政府が負え」という仕組みになったということだろう(最後地方政府が開発銀行に債務を弁済できなければ、中央政府が「买单する(勘定を払う)」ことになるけどねw。)
ちなみに、この措置を受けてのことなのか、恒大集団が9月13日「残る未完成プロジェクトの建設を月末までに再開すると表明した」という記事も出た。

去年から必要が指摘されていた政策が形を取るまでに、まる1年かかった。ここらへんに、誰も進んでリスクを取ってイニシアティブをとろうとしない、指示待ちが横行する権力集中体制の弊害をみる思いだ。


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