見出し画像

僕が考古学者になった理由 (一行作家)


19歳最後の夜。
高校を卒業して、クラスメートのほとんど皆、都市へと出ていってしまった。
このド田舎で大抵の若者はそうする。
娯楽もなく、コンビニに行くのだって車で20分かかるような場所だ。
刺激、が少なすぎる。
とはいえ、火遊びをしようものなら驚くほど噂は速く回り、次の朝にはもうこの地域全体に広がっているような、狭い世界。
窮屈だ。皆言っていた。

僕が、都市に出ていかなかった理由。
それは単純。
どうでもよかった、からだ。

ビルが立ち並ぶ大都会、少し出歩けばコンビニがあり、カラオケがあり、もちろん飲食店はいくらでもあるだろう。
流行のショップが立ち並ぶ通り、大きなモール。
そういう刺激的なもの。

とりあえず、まずそれらに興味がなかった。

理由その二。
この田舎を愛している、なんてこともない。

自然に囲まれている!
農業、酪農、素晴らしい!
なんてのんびりした時間!
まあそれらが嫌いなわけでもないが、好きなわけでもない。
自然?見飽きた。
農業、酪農に従事しているわけでもない。
時間。のんびりだろうがせかせかだろうがどの人にも平等に時間は過ぎる。
それに別にすることがないわけではないから、退屈なわけでもないのだ。

どうでもいい。
僕には本があれば。あと少しのネット環境。
村人は皆僕を変わり者、というが、それさえもどうでもよかった。

本、特に図鑑がすきだ。
子供だけが見るものではない。
時代によって図鑑も新しくなっていく。
絵から写真へ。小さな文字から大きな文字へ。
大人向けの図鑑なんてものも最近はある。
それらは、とにかく写真が美しい。
とにかく、ネットバイトで稼いだ少しの金で、1冊図鑑を買う。
それだけで2、3ヶ月は退屈しないでいられる。
図鑑を眺められたら、僕はどこにいたって良かったのだ。

夜、21時を回った所。
この時間には皆寝静まっている。
静かだ。
美しい花の図鑑を眺めながら、僕は違うことを考えていた。
二十歳になるのだ。
折角だから自分への祝いにと、新しい図鑑を買った。

図鑑の中でも、特に変わり方が著しいのは、太古の生物を載せたものだ。
恐竜や古代生物。
子供から大人まで、あいつらは僕らを虜にする。
骨。それは彼らが確かに存在していた証。
だが、それ以外にはなにもわからなかった。
人は想像する。それぞれに。
しかし現代の科学の発達によって、それらも徐々に解明されていく。
図鑑も当然、更新されていくのだ。

僕は、15歳を境に太古の生物の図鑑を買っていない。
5年後、つまり明日の僕に15歳の僕は中々最上のプレゼントを用意したのではないだろうか。
粋な計らい、というやつだ。
明日が楽しみになってきた。
図鑑を閉じる。
布団を敷き、電気を消して横たわる。
今日も熱心に図鑑を眺めたから、眠気はすぐにやってきた。

♦♢♦

外から響く大きな音で僕は目を覚ました。
これは、クラクション?
今何時だ。スマートフォンをタップすると午前2時半過ぎ。
こんな田舎の、こんな時間に、車が?
運送のトラックが事故でも起こしたのだろうか、と一瞬考えたがそれにしても。
それにしても、おかしい。
こんなに車が走る音がするわけない。
窓の外がこんなに明るいわけがない。



「なんだ…?」



青い光。僕は興味を惹かれた。
平屋の障子を開け放つとそこには、
見たこともない景色が広がっていた。

夢なのか?

田舎でもそこそこ星は見えるが、その比にならないくらいの満天の星空の下で、目もくらむような都市が広がっていた。
ネオン、とも違うようなその都市の光は、不思議と星々の輝きを全く邪魔をしていない。
それほどに星々の光が強いのだろうか。
立ち並ぶ高層ビル。
それらをぎりぎりですり抜ける、不思議な形の船、いや、飛行機?

僕は上の景色に気を取られ、思わずもっと見ようと手を伸ばし、そして足を一歩踏み出した。

「わ…っ!?」



足が浸かった。水だ。縁側の板を境に、水が。
思わずまた一歩下がって、そしてよくよく下を見て驚く。

「う、海!?」

そう、まるで海。広い。向こうまで見渡せない。
どういうことだ?
海の上に都市が浮いているのか?
あまりにその水は青く美しく透き通っていた。
明るいからなのか?深く、深く、底が見えないのに、深く深く透き通って、魚?(けれど今まで見てきたどの図鑑にも載っていないような不思議な形状の彼ら)が行き交っている。
クジラ、みたいにものすごくでっかいやつもいる。
ビルは当たり前みたいに水中に突き刺さっていて同じく底なしだ。
ただ、透き通った水、そして窓越しに行き交う人の姿が確認できた。

人?人がいるのか?

「こりゃあ、おまえさん。そのまんま進むと沈んじまうよ」

目の前の光景に呆気にとられていた僕は小さな船からこちらを見ている老人に気が付かなかった。
人だ。

「おや、このあたりじゃあまり見かけない服装じゃのう」

老人が呼びかけてくる。
僕は寝間着だ。
確かにその老人と僕の服装はどこか違っていた。

「あっあのう、ここは。此処はどこですか?」

僕が問いかけると、その老人は待っていなさい、というように僕を制して、オールを手に取りこちらに向かって船を漕いでくる。そして実に慣れた様子で縁側につけた。
老人はかぶっていた帽子を取って(ハンチング帽のような。しかしどこか違うような)ゆっくりとお辞儀をする。

「こんばんは、おじいさん。此処はどこですか?」
「時々、迷い込んでくる子らがおる。此処は【聞き取れなかった】じゃ」
「なんですって…?」
「ほっほ、そりゃあ、全ての言葉が通じるとも限らんのう。まああまり気にしないでおきなさい。そうじゃのう。此処は、天空の都市とでも思うてくれたらいい」
「天空の…?じゃあ、やっぱり此処は空の上に、あるんですか」
「ああ、そうじゃ。こんな街じゃが、ワシみたいな庶民もおる。此処は自由な所でのう。…ところで、お前さんは何処から来たんじゃ」
「え、っと…僕は…」

片田舎のある村の名前を告げてから、ハッとした。
此処が、もし、万一、地球ですらないとしたらどうだろうか。
案の定、老人は不思議そうに顎に手を当てた。これは聞いたことがない顔だ。

「地球、って、知っていますか…?」

その言葉にはどうやら聞き覚えがあるような反応が返ってきた。

「少なくともこの場所の何処にもそのような地名はないと思うたが、やはりお前さんは『違う世界』からの迷い子じゃな。地球。聞いたことがある。何年ぶりかのう…ちと忘れてしもうたが」

「お前さんはついておる。ちょうど『旅の行商人』が来ておるでな。その人に話を聞いてみなさい。そうしたら此処から帰る方法を知っているやもしれん。ワシが乗せていってやろう」

そうか…もう帰れないかもしれない、とかいう域の話なんだな。
夢にしては出来すぎている。
だって寝間着のズボン、濡れたままだし。
僕はひとまず、この状況を現実として受け入れることにした。
おじいさんの漕ぐ船に揺られながら下を覗くと大小様々な魚たちまじって、煌々と光り輝くビル街、橋のようなもの(だとしたら一体何が通るのだろう)が見え。
頭上には突き出たビルの間を通る船みたいな飛行機みたいなアレが行き交う。

「此処はすごいですね…!」

僕は興奮していた。
おじいさんは愉快そうに何度もそうか、そうか、と笑って頷いた。

「君は面白い子じゃな。大抵此処に迷い込んだ子らは腰を抜かすんじゃが」
「勿体ないですよ…!こんなに、こんなに綺麗な所なのに!」

一度の瞬きもしたくなかった。
嗚呼、都会というところはこんな所なのだろうか。
そんな訳はない、僕は思う。
こんなに綺麗なら、僕だってあの田舎から旅立っていたはず。
それとも、彼等には都会がこんなふうに見えていたのかもしれないな。
らしくもないことを考えているうちに、少しずつ街の灯りが変化していることに気がついた。

「この下が、ワシらの町じゃ」
「おじいさん達が暮らしているんですか?」
「ああ。随分あっちとは景色が違うじゃろう?けれどこの下にも沢山、人が住んでおるんじゃよ」

ふと、疑問が湧いた。
おじいさんは、どうして水中ではなく、水上にいるのだろう?
それを聞くと、彼はそれは外の者には秘密なんじゃ。と笑う。
そうなのか、なんだかわからないが、面白かった。
そうなんですね。
僕が頷くと、彼は再び、僕のことを面白い子じゃな。と言った。

「さあ、もうすぐ着くぞ。そうじゃな、彼は君と似ておるかもしれん。とにかく自分の感じる面白いこと、興味深いものに目がないんじゃろうな。不思議じゃが、きっと君は彼を気に入るだろう。彼も君を、気に入るかもしれんな。」

♦♢♦

静かに進み続ける船、すっかり明るさが消え、凪いだ水面のその向こうに、ぽつんと一つ灯りが見えた。
ゆっくり近づいていくと島がある。
白い砂でできた、小さな島だ。
そこにまた小さなテントが張ってあり、隣には露店のようなものが出されていた。
僕たち以外に、人っ子一人居ないその場所で、おじいさんの言う『彼』が手を振っていた。

「坊や、彼が【レキ】(少なくとも僕にはそう聞こえた)だ。旅の行商人でな。もっとも、客はめったに来んようだが」

おじいさんが島に船を着けると、レキさんとおじいさんは顔見知りのようで楽しそうに話をしていた。
レキさんはたぶん、男の人だ。
中性的な容姿で、見た目は白人にも、はたまたアジア人のようにも、けれど肌の色を見ると黒人のようにも見える。不思議な人だった。

「ああ。すっかり忘れておった。迷い子じゃ、レキ。チキュウ、から来たそうじゃよ。彼を導いてやってくれんか」
「うん、お安い御用だよ。マイさん。で、今日は何も見ていかないのかい?」

おじいさんの名前を、僕はすっかり聞き忘れていたが、おじいさんはマイさんと言うらしい。女性の名前みたいだ。とはいえ此処ではそんな概念がないのかもしれないから、当たり前なのかもしれない。

「ワシみたいなもんには勿体ないような品ばかりじゃよ。それに、何に使うかもさっぱりわからんしのう。なにより、貧乏人にはとても手がでん」
「えっ、そうなの?あ、ここの通貨の単位、僕ずーっと間違ってた?」
「なんじゃ。此処では【また聞き取れなかった。お金の種類か?】が主で、【きっと通貨の価値】までが庶民に手を出せる範囲じゃわい。お前さんはそういう所が抜けておるんじゃよ」
「あーっ、だから今回だーれも買ってくれなかったんだ。今からでも値段変えるからさぁ、マイさん皆に伝えてよ。ねっ、ねっ?この通り!あっほら、これあげるからさ!」

なんだか噛み合わない漫才を見ているようだ。
レキさんはマイさんに不思議な形の石のようなものを押し付けようとしていた。
マイさんはさすがにちょっと迷惑そうだ。

「レキ!それよりもこの坊やのことを頼んだよ。勿論客寄せはしてやるし、お前さんが坊やを帰してやれるなら、ワシもなにか買おう」
「本当!?わかった!じゃあ、よろしくね!」

レキさんは、基本的にテンションが高いタイプの人みたいだ。
正直、あんまり得意じゃないタイプだけれど。
頼みの綱のマイさんは…、帰っていってしまう。
僕は仕方なく、大きく手を振るレキさんの横で深くお辞儀をした。
何はともあれ、此処まで届けてくれたし、素晴らしい景色を見せてくれた恩を僕は忘れないと思う。
マイさんの船が見えなくなるまで、レキさんは手を振っていた。
よっぽど仲の良い友だちなんだろうな。そう思いながら僕はテントのそばに座ってあたりを見回す。
静かだ。
水面も静かで、空の星が水鏡になって周り全体が星空みたいだった。
小さな灯りはそれを邪魔しない程度の良い感じで…

「さてっと!迷い子くん。君はどうやって此処にたどり着いたんだい?」

ハッとしてその声で横を向くと、ものすごく近くに彼、ええっと、レキさん、のなんと表現していいのかわからない、不思議な色の瞳が僕を覗いていた。
情けない声が出たのは言うまでもない。
しかもなんかドキドキした。彼はとても楽しそうに笑った。

「いっ、いやその、普通に家にいて。寝てたら、外から車の音がして…障子開けたら、此処に通じていました」
「へえ!障子っていうと日本かい?まだ日本には障子があるんだなあ。まああそこの人種は古い文化を大切にする習性があるもんなー。まだあってもおかしくはないか」
「日本を、知っているんですか…?」

彼は不思議そうに、当たり前だよ。僕は旅人だもの。と答えた。

「そっかぁ、地球の日本から此処に辿り着く子は初めてかもしれないな。君は運がいい。僕が此処に来ていないときだったら、たぶん君を元いた場所に戻せる者は誰もいなかっただろうからねーっ」
「あのう…僕、戻らなくても、良いかもしれないです」
「あー此処はとりわけ綺麗なところだからね。そう思う気持ちもよーく分かるけど、君じゃあ此処では暮らしていけない。よって、僕は君を日本の君の家に帰す!」

マイペースなんだろうか…この人は一体、何者なんだろう。

「レキ…?さんは、何処から来たんですか?」
「僕?僕はんーーっと。何処だっけ。長いこと旅をしすぎて、もう忘れちゃったけど。まあどこかに故郷はあるんじゃないかな」
「…長いことって、貴方は何者…っていうか、いくつですか?」
「そんな事聞いてなにか得が…?あ、そっか、君たち人間はそう長く生きれる種族ではないもんな。少なくとも、僕は人間じゃあないね。此処の人たちとも違うかな。いくつ、って、歳なんてもうとっくに忘れちゃった」

少なくとも、人間の形をしているのに、人間ではない生き物がいるのか。
もうイレギュラーが続きすぎて驚かなくなってきた僕はすんなりそう思った。
まあなんていうか、レキさんは本当にそういうふうなんだと、感じるからだ。

♦♢♦

レキさんは簡単に夜食を用意してくれた。
パンだ。わりとごく普通の、ハード系のパン。
それにライターで炙ったチーズを乗せただけの、簡素な食事。
少しだけ身構えていたけれど、食べ物もそう変わらないのだろうか。

「さて迷い子くん。少し僕と話をしないかい?」

その提案には大いに賛成だ。
二人になるとレキさんは案外静かで優しく話す人だったし、
なにより僕はこの人の話が聞きたかった。
小さなテントに脚だけつっこんで、僕らは空を仰いで寝転がった。
眩しく感じるくらいの星空が広がっている。暑くもなく、寒くもない。
レキさんの話はどれも興味深くて、とても面白かった。
いつまででも聞いていたかった。
彼の言葉はどこかふわっとしていて掴みにくいところがあったけれど、世界が一つじゃないことはよくわかったし。
宇宙、とかそんな規模を越えて、世界には沢山の種族の生き物が暮らしていることもわかった。
僕ら人間が、どれだけちっぽけな世界でもがいているのかも、とてもよくわかった。
小さな世界、その更に小さな小さな家の部屋という空間で、僕がいたことのほうが夢みたいに思えるくらい。本当にあっちのほうが、夢だったのではないかと、思えるくらい。
その中でずっと、図鑑を眺めて過ごしていた僕が恥ずかしくなって、僕はそれを彼に零した。

「へえ、君。素質あるよ」

ゆっくりと瞬きしてから、レキさんはそう言った。

「素質、ですか?」
「うん、君は研究者になるべきだ。僕の話をこんなに真剣に、楽しそうに聞いてくれる子には久しぶりに会ったもの」
「あー…でも。僕が一番好きなのは、未来の研究、とかじゃなくて。その…考古学、っていうんですかね。恐竜とか、古代生物とか…」

今度はレキさんの目が輝いた。
無邪気な子供のような目だった。そして、彼ははしゃいだ。

「僕も、古代生物大好き!!いいじゃないか、それを研究すれば!
そうだ!…ね、少しだけ教えてあげよう、世界は巡り回る。それが全てだ」
「…それは、どういう…?」
「言ったまんま!それが全てさ。回っているからこそ、過去は未来であり、未来は過去でありうる。全て繋がっていくのさ。おっと。これ以上はいけないな。ルールに反してしまう」

彼はとても楽しそうに笑った。
あーあ、なんか惜しいな、と。

「ところで君はいくつになるんだい。その短い生を全うするにしても、君はまだ若いだろう?」
「19…あ、ちがう。今日、僕、二十歳になるんです。っていっても…ここの時間軸とは、やっぱり、違うんですかね」
「そうなの?誕生日じゃない!それはめでたい!時間?本当に飲み込みが早いな。面白い子ーっ、ま、たとえそうだとしても誕生日は特別でなくては。僕みたいに自分がいくつか忘れてしまっても、誕生日だけは嬉しいものだよ。そうだ。此処の世界の明日、はもうすぐ来るよ。そうしたら、僕が君に贈り物をあげる!」

怒涛にまくしたてられたので、僕はその勢いに押されながらもありがとうございます、と頷いた。
彼は本当に真剣に僕に贈るものを考えているようだった。

「待ってて!」

レキさんが立ち上がる。露店の方にいくのだろうか。
僕も見たくて、立ち上がろうとしたけど、レキさんに制された。

「プレゼントを選ぶんだから。君は待ってて。楽しみが減っちゃうでしょう?」

レキさんは自分のことを旅人、と呼ぶけれど、
彼のことを行商人、とマイさんは言っていた。彼が世界中から集めた何かがあの露店には並んでいるのだろう。
僕はそれを見たくてたまらなかった。
こっそり、立ち上がることを試みたが。まるで背中に目でも付いてるかのように、レキさんはおすわり!と言った。
さっき、レキさんは言っていた。少しだけ教えてあげよう、世界は廻り回る。
そして、ルールに反する、とも。
どの世界にもルールはある。僕にどうってことはなくても、レキさんにとってはそうでないかもしれない、ルール。
レキさんにこのままで居て欲しい。
僕は我慢した。結構。たぶん体感でいうと15分くらい。

「…レキさん!僕やっぱり、」

と、立ち上がりかけた途端、聞いたこともないような鐘を鳴らしたような音が響いた。澄み切った美しい音なのだが、微かに水面が揺らぐほどの、爆音で。
僕は思わず尻餅をつく、後ろから僕の耳を誰かの手が塞いだ。
頭の中でまだ音が響いている。その音がやっと落ち着いた時、耳をふさいでくれたレキさんは僕の耳元で囁く。

「ハッピーバースデー、迷い子くん。君には、これを」

目の前で開かれた手には、不思議な形の石?だろうか、それにしては複雑な形をしている。
そしてそれは、なんとも言えない美しい色をしていた。

「ある古代生物の骨の一部だ。綺麗だろ、もともとこんな不思議な色と形をしているんだ。プレゼントだよ、あげる。特別ね」
「あ、ありがとうございます…」
「ふふ、もう魅入ってるね。やっぱり、君には才能がある。帰ったら、君は研究者になりなさい」
「レキさん、僕。レキさんについていくことは…」
「んふ。残念だけどできない。君はすぐに死んじゃうもの」

レキさんがなんとなく寂しそうに微笑んだ、その時だった。
急に僕の頭の中に先程の澄んだ鐘の音が響き出した。

「な…っ!」
「ごめんね、今度は塞いであげられない。迷い子くん、帰る時間だ」

島の白い砂が舞い、次第に渦をまき始めた。
眩しい、この砂、光っているのか?
けたたましく耳の奥で響く鐘の音。
その中でもレキさんの声は、不思議とはっきりと聞こえた。

「此処に居た間の記憶は、申し訳ないけど消させてもらうね。僕のことも、君はきっと忘れると思う」

嫌だ、夢なら醒めないでくれ!
僕は叫んでいた。
それでもレキさんはなんにも変わらない口調で言う。

「迷い子くん、これだけは覚えておいて。もう一度言うね。帰ったら君は研究者になりなさい。僕が君にあげた特別な贈り物は、文字通り特別だ。君がそれをただ一人で調べ尽くした暁には、世界がきっと巡り回るだろう。そうすればもしかしたら、僕は君にまた会えるかもしれない。その時を楽しみに待っているよ!」

光で目がくらみ、意識が遠のいていく。
プツンと途切れる直前、僕は最初に僕を覗き込んできたレキさんの不思議で美しい瞳の色を思い出した。

♦♢♦

「うわ…っ!」

布団を跳ね除けて、僕は飛び起きた。
随分、濃い夢を見ていた気がする。時計を見る。午前9時過ぎ。
せっかくの誕生日の朝だというのに、なんだったんだろう。
図鑑が届く、随分前に起きてしまったな、と畳に手をつく。
その時ふと、自分が掌になにか握っていることに気づいた。
恐る恐る、手を開くと、

そこには、不思議な形の石?だろうか、それにしては複雑な形をしている。
そしてそれは、なんとも言えない美しい色をしていた。

何だ、これ。
…綺麗だ。大きさの割にはずっしりとしていて、さっきまで握っていたのに冷たい。
爪で弾くと、キン、と澄んだ音がした。

「君は研究者になりなさい」

その音とともに不意に、誰かの声が聞こえた。
不思議なことに、それを気の所為だとも、不気味だとも思わなかった。
むしろ、どこか懐かしいような。
それに今、この不思議な物体を前にして、ぴったりの言葉のような気がした。
ワクワクする。こんな気持ち、いつぶりだろう。
この物体を、調べたい。

玄関のインターホンが鳴った。
古代生物の図鑑が届いたのだ。

僕は図鑑のページを夢中でめくる。
夢の中から持ち帰った物体のヒントはこの中にあると。
何処か、何処かのページに。必ず見つけ出してやる。

僕はその頃もう確信していたのだ。
これが、古代生物の骨なのだろうと。


♦♢♦

Kino.Q様の、一行作家さんのカードを引いて書いてみました。
どのカードをめくっても、素敵な話が書けそうな気がします。
これからもタグを付けて、時々更新していきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

#一行作家 #書いてみた



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?