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もう恋なんてしない

「あーーー、もうイヤだっ。何の為にやってるのか分からなくなってきた」

サトミは、痩せる為に食事制限をしていた。あらゆるダイエット法がある中で、食事制限を選んだ理由は、
"お金がかからないどころか、食費が浮いて一石二鳥"
だからだ。

食事制限3日目にして試練がやってきた。それは、夏真っ盛りの7月のバーベキューの事だった。

「今日ぐらいいいじゃん」
「えー、でも、、、いや、今日はこれにしておく」
左手に持った炭酸水のキャップを開け、グビッと飲むと、それを見ていた社長が近寄ってきた。
「サトミちゃん、今日飲まないの?だったら、にく、いっぱい食べていきなよ」
「あ、はいっ」
今回のバーベキューは、筋トレ好きな社長が、タンパク質祭りと題して開いた、新人歓迎会だった。ゴールデンウィークにやるはずだった今回の会は、大きな案件が入ってきたため夏までずれ込んだ。

私は、タレント事務所で経理をやっている。お笑い芸人から歌手、マジシャンなどジャンル関係なく多くの人が所属していて、人気あるタレント5、6人が事務所を支えている感じだ。そんな事務所に最近、私と同年代、30代のふくよかな女性が、お笑い志望で入会してきた。

彼女の名前はサエキミチコ。姓名の間を取り、エキミという芸名に社長の行き当たりばったりで付けられていた。正直売れなさそうだなとサトミは思っていた。

「隣いいですか」
バーベキューに参加していたエキミが話しかけてきた。
「サトミさんももしかして、お笑い志望でこの事務所に入ってきたとか?」
"んなわけねーだろ"と思いながらも大人な対応をした。
「ふふー、違いますよ。最初から経理として就職です。エキミさんはなぜお笑いを?」
「私、痩せて綺麗になったら、白馬に乗った王子様が迎えにきてくれるって信じていたのに、中々痩せなくて、だから諦めたんです。そして、どうせなら振り切ってしまえと」
「それで、お笑いねぇ、振り切り方が凄いですね、ふふふっ」
「で、聞いて下さい。わたし、初テレビ決まったんです」
「おめでとうございます。バラエティですか」
「バラエティではあるんですが、1ヶ月で何キロ痩せられるかって企画です。しかも、トレーナーが付くんです。月50万円もする有名ジムのトレーナーで、、、さらにイケメンです。もっと言うと共同生活まで、、、、うふふ」
彼氏ができたことがないサトミは、羨ましさが顔に出ないようにグッとこらえた。
「そうなんですね。成功するといいですね」

"どうせ、隠れて甘いものを食べて失敗するわよ"
サトミは、エキミの失敗を願った。そして、白馬に乗った王子は私にしか来ないの、と自分に言い聞かせた。

エキミのダイエット企画は思いのほか反響で、高視聴率を叩き出した。トレーナーの指示通り行い、真面目に取り組んだエキミは、なんと1ヶ月で、10kgのダイエットに成功した。さらに週刊誌には、"トレーナーと熱愛"と見出しを飾った。

それを知ったサトミは、社長に話を持ちかけていた。
「エキミさんの第二弾も高視聴率が取れると思います。私やってもいいですよ」
「ふふふっ、大丈夫?ヤラセなしだよ」
「もちろんです!」
サトミは計算していた。
イケメンと共同生活をしながら痩せれて、さらにギャラまで貰える。

さらには、け、け、結婚。
「キャーーー、考えただけでも、、、」
サトミは明るい未来を夢見て、ニヤけた。

早速、第二弾が始まった。第一弾のトレーナーより遥かにイケメンで、視聴者はメインのサトミよりトレーナーに釘付けだった。

「ダイエットでもっとも大事なのが、信頼関係です。1ヶ月宜しくお願い致します」

ビリビリビリビリー
"うわー、一目惚れとはこのことか。はじめて体に電気が走ったぁ"

トレーナーの熱い指導で、2週間でなんと5kgも痩せた。共同生活では、朝昼晩食事を一緒に食べ、夜は隣でトレーナーが寝るという夢のような生活で、サトミはこれが終わらないことを願った。

ここで問題が起こる。
サトミの目標は10kg減。しかし5kg減から体重が落ちなくなった。
「私、大丈夫ですか」
サトミは、甘えた声でトレーナーに聞いた。
「今日からは1人で頑張ってください」
すでに荷造りをしていたトレーナーは、部屋を出た。
「え、えっ、、ちょ、っ、、」
突然の出来事にサトミは気が動転した。

毎日恋人のように接していただけに、突然の突き放しに傷ついた。サトミはカメラが回っている事を忘れ、泣いた。

憔悴しきったサトミは、2週間何もする事なく最終日となった。

"60kg"

体重計に乗ると10kg減。
ダイエット企画は成功に終わった。

もう恋なんてしない。
と、サトミは誓った。

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