ジョウカツ⑫
【12】これは誰からの…?
母さんと日和と過ごした家をあとにして。
僕はいつ零れるとも分からない涙を蓄えて、宛もなく歩いていた。
「ずびっ。ちゃんと伝わったと思います?」
「分かりません。でも、伝えないよりはマシだと、この仕事をしてて、つくづく思いますよ。」
「そう…ですね。」
「真治さん、しっかり未練あるじゃないですか!なんか俺には思い出なんか無い〜みたいなオーラ出しておいて。」
バインダーで背中を叩かれて、なんだか浅間さんらしくない気がした。
「自分でも気づかなかったんですって。死ぬことなんて初めてですし、触れることも、話すことも、もう全てが叶わないって思い知らされたんですから。気持ちが整理出来てなくて当たり前です。」
「さぁ、言い訳はその辺にして、他には無いんですか??たらったらな未練っ!」
「言い方に悪意しか感じられない!」
「ほら早く!」
「なんかキャラ変わってません?」
「私だって人間ですもの。さっきの光景を見て、心動かないほど、仕事人間なわけじゃありませんっ。」
「…浅間さん…。」
「さぁ、ちゃんと未練を断ち切って、しっかり成仏しましょう!生まれ変わって、また現世で会えるかもしれないんだし!」
「そうですね。」
「本当に無いんですか?微かにでもやりたい事があれば、やってみた方がヒントに繋がると思いますよ?」
「うーん。それじゃあ、学校に行ってみたいです。」
「…学校ですか。真治さん、それはあまり…」
「あ、分かってますよ。僕もそんなに人付き合い上手くない方だったし。僕が消えたとしても、そこには変わらない日常があることくらい。」
「…そうですか。分かりました。それでは学校に向かいましょう。」
そうだ。分かっている。これは諦めでも何でもなくて、単純な現実。僕だって、クラスメイトが亡くなっても、時が経てば日常にしてしまうのだろうから。
案外、命を重く捉えていられるのは、死んだ人間か死ぬ寸前の人間しかいないのだろう。
まだ早朝ということもあり、始発電車もまだ動いていない。歩けない距離でもないので、寺社で途中休憩を取りながら、僕らは学校に到着した。
「あぁ、そういえば夏休みだったっけ。」
学校は夏休みが始まって4日目。集まっている生徒は運動部や、飼育が必要な文化部がほとんどだった。
僕も過ごすはずだった夏休みが目の前にあった。
「・・・・」
「真治さん、大丈夫ですか?」
「えぇ。不思議と妬ましさとか、そういう感情は湧いて来ないですね。」
「…そうですか。では、どこに行きます?」
「分かりました。それじゃとりあえず…教室に行っていいですか?」
「もちろん。許可なんていらないですよ。それがあなたの行きたい場所なんですから。」
「それじゃ遠慮なく。」
僕らは教室に向かった。
僕の教室は2階にあり、廊下の突き当たりに位置する。浅間さんは久しぶりの学校だと言って少し浮かれている。案内するはずが、追い抜かされて教室の一番乗りは浅間さんだった。
「へぇ〜ここが真治さんの教室ですか〜。」
「えぇ。あまり変わったところは…。あれ?」
僕の机の上には花が供えられていた。
夏休みに入ったばかりなのに、誰が供えてくれたんだろう。
「ここが真治さんの机ですか?このお花は誰が供えてくれたんでしょうね?」
「誰なんでしょう?そんなに親しい友達は作れなかったのに…。先生とかかな?」
「少しここで張ってみましょうか。もしかしたら水を変えるために誰か来るかも。」
「そうですね。誰なのか気になります。」
僕らはしばらく教室で待機した。
時間が経つにつれ、野球部やサッカー部の声出しが聞こえ、吹奏楽部のチューニングの音が廊下に満ちていった。
「なんだか懐かしいな〜。私にもこんな時代が…」
「ちなみに浅間さんって、おいくつで亡くなったんですか?」
「レディに享年を聞くもんじゃありませんっ。」
「は、はぁ。」
「まぁ、それなりには社会経験を積んでから死にましたね。」
「学生時代は楽しかったですか?」
「そうですね〜。でも、私が思うのは過ぎ去ってしまったものって、良いものも悪いものも全て、かけがえの無いものだったって思います。」
「…わかったような、分からないような。」
「こればっかりは個々人の感想なので、ご自分の納得する捉え方で良いんですよ。」
浅間さんは遠くを見つめていた。
さっきまで親身になってくれていた浅間さんが、なんだか彼女の視線の分だけ遠く感じた。
すると、管楽器の音をかき分けるように騒がしい声が聞こえてきた。
「今日も灼熱の外練ってなんなん?」
「それよ!」
「コーチは日陰にいるくせにな!」
「ボールじゃなくてコーチを蹴り飛ばしたよな」
「絶対あとで、あ、コーナーキックミスっちゃいました〜シュートでコーチ狙ってやる!」
おそらくサッカー部の部員だろう。暑い中ご苦労様。
「あ、俺教室行くから先に行ってて!」
その声と共に、廊下を軽快に走る音が聞こえた。
「おまたせ〜っと。」
教室に入ってきたその人物は、クラスメイトの森嶋くんだった。
ーつづくー
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