ジョウカツ⑰
【17】浅間純子。
笛藤が黒い繭を解くと、浅間さんはそのまま地面に倒れこんだ。
「ごほっごほっ」
「あ、浅間さん!大丈夫ですか!さっき何ともないって…」
「あぁ、あれは嘘だよ。」
「嘘?」
「僕の繭は受刑者に対してのみ、効果があるんだ。対象に一種の呼吸困難と同じような苦しみを与え続ける。」
「ごほっごほっ」
「そんなのって…」
「酷いと思うかい?これは君たちの為でもあるんだ。受刑者の魂が暴走した時、すぐに制圧できるようにね。それに、僕の名前はテキトウだよ?全て本当の事を言うわけない。それは君たち人間も同じだろ?」
「…。」
「はぁ、はぁ。」
「さぁ浅間、訳を聞こうか。聞いた所で、結果は変わらないが。」
「浅間さん…。違いますよね?僕たちを利用しようとか、そういうんじゃないですよね?」
「…全て聞いてしまったんですね。」
「浅間さん!」
「…真治さん。ごめんなさい。私はあなた達を利用しました。」
「え…。」
浅間さんは、その場に座り込み、顔を下に向けたまま語り始めた。
「私が監察官になって、もう20年です。もう私の家族は皆転生してる事でしょう。私も早く転生したい、生まれ変わってでも、前世の記憶がなくても、私の愛した家族にまた会いたい。その思いが年々強まっていた時、あなた達を担当する事ができた。私はチャンスだと思った。あなた達を導き、うまくいけば刑期が短くなる。そう思って。」
「そんな…。」
「本当にごめんなさい。」
「浅間、最初に説明したはずだな?不正を働いたら、ただじゃ済まないと。」
「はい。」
「なら、どうして。」
「半年前、おくり課の事務所で聞こえてきたんです。『俺もようやく転生だ。見えるやつがいてラッキーだった』。そう自慢気に話していた男は、そのすぐ後に名簿から消えていた。だから私も!うまくすれば早く転生できると!」
すると、浅間さんの体からじっとりとした黒い霊気が溢れ出してきた。
「浅間、お前は勘違いをしている。その名簿から消えたやつは、転生したんじゃない。堕とされたんだよ。」
「…堕とされた…?」
「我々が見落とすわけがない。そいつは不正がばれて、地獄に堕ちたんだ。」
「そ、そんな…!嘘よ!そんなの嘘よ!」
「いいや本当だ。そいつは反省する事もなく、まんまと天界に行き、そこで裁かれた。浅間、お前もこのままじゃ地獄行きだぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!浅間さんが地獄行きなんて!」
「佐藤真治さん、これは天界の規則なんだ。浅間の体を見て。これが汚れ。自分さえよければいい、そんな傲慢さで、蜘蛛の糸も切れてしまったでしょう?天界は特に傲慢さを嫌い、それが色濃く残っている者に関しては、人への転生を許していない。理性を抑えられなければ、それは獣だから。」
「なんで…なんで私…」
浅間さんは地面にうな垂れ、浅間さんの黒い霊気がさらに増してきた。
「浅間さん!気をしっかり持って!」
「…もう、私は家族に二度と…。」
「浅間さん…。どうにか、どうにかできないんですか笛藤さん!」
「僕にはどうする事も出来ないよ。」
すると、笛藤は浅間さんが落とした端末を拾い上げ、何やら操作をし始めた。
「な、何を?」
「僕には手に負えないからね〜。上に連絡してるとこ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!浅間さんがそこまで悪い事をしてるとは思いません!浅間さんはただ、家族のために…」
「佐藤真治。あまり余計な事は言わないほうがいい。それ以上は君に対して罰則を与えなければならない。黙っていろ。」
「…!」
笛藤は僕に一瞥もなく、淡々と端末を操作する。
「…浅間純子、こっちを見ろ。」
笛藤は操作を終えて、端末を浅間さんに向けた。
浅間さんは、もう顔がはっきり見えないほど黒く染まっていた。
「…純子。」
「…かしゃん!!」
「え…?」
そこには、優しそうな男性と、女の子が手を繋いで映っていた。
「ひろむ…?あやね!!」
浅間さんはその端末を笛藤から受け取った。
「僕には手に負えないから、呼ばせてもらった。」
「純子、久しぶりだね。」
「かしゃん!おかしゃん!」
「そうだね、お母さんだね。」
「拓夢…、彩音。ごめんね…。私、私…。」
「ずっと見ていたよ。僕たちに会うために頑張ってくれていたこと。僕らは二人で見ていたよ。」
「拓夢…。」
浅間さんから溢れ出た霊気は止まり、いつもの浅間さんに戻っていった。
「純子、話は大体聞いていた。純子、気持ちは嬉しいけど、僕は誰かを利用してまで、会いたくない。純子、もう分かったよね。」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「真治さんの方に向けてくれるかな。」
「うん…うん…」
「初めまして、佐藤真治さん。純子の夫の浅間拓夢です。この子は彩音。この度は、純子のことでご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。」
「めんね!めんね!」
「え、あ、いえいえ…。」
「純子の勝手な行動で、真治さんのジョウカツを邪魔してしまい…」
「いえ!それは違います!」
「え…?」
「浅間さんは的確にサポートしてくれていました。あまり心残りを自覚できていない僕にアイデアをくれました。その他にもいっぱい浅間さんには助けてもらって。だから…たとえ利用されていたとしても、浅間さんのおかげで、僕のジョウカツは満足の行く活動になっています。」
「真治さん…」
「だから、笛藤さん。僕のジョウカツには浅間さんが必要なんです。僕の他にも、浅間さんが担当した方で文句を言う人はあまりいないはずです。どうか、ご慈悲を。」
「僕からもお願いします。純子はきっとやり遂げてくれます!どうか…。」
「…笛藤さん。私は、罪を犯しました。その償いをさせて下さい。せめて、真治さんのジョウカツをサポートしてから…!」
「え?別にいいけど?」
「…あれ、なんか軽い…。」
「いや、なんか皆んなの雰囲気が勝手に盛り上がってたけど、そもそも、地獄に行ったやつは、ジョウカツ者も見える生者も両方脅したりした奴だからね〜。その点、浅間はそういうことしてないし、それにさっきの汚れもほとんど消えたから大丈夫でしょ。」
『・・・そ、そんなのって』
「まぁまぁ皆さん、だから言ってんじゃん?僕の名前は笛藤だって。仕事も発言もテキトーにこなしてればいいのさ。」
「なんか、拍子抜け…」
「ただ、今度不正を見つけたら、容赦なく報告するからな。そのつもりで精進しなさい。」
「良かったね純子。」
「…えぇ。良かった。」
「おかしゃん、もうくぅ?」
「うん。もうすぐ来るよ。だからもう少し待ってようね。」
「うん!」
「待っててね二人とも…。」
「それじゃあ、浅間純子 死後監察官。しっかりと職務を全うするように!じゃね!」
笛藤は走り去り、彼が見えなくなった所で、端末の旦那さんと娘さんの交信も途絶えた。
ーつづくー
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