ジョウカツ⑨
【9】一か八か。
浅間さんと僕は一度、寺に戻ることにした。
ただ地面を見つめながら、歩いていた。
「真治さん、これは仕方ない事なんです。後悔したからってどうする事も出来ませんよ。」
「わかってますよ!わかってますけど…。」
「…真治さんはMなんですか?」
「は?何ですか急に。」
「そうやって、全部自分のせいにしなきゃ気が済まないんですか?!よほどご自身を痛めつけるのがお好きなようで!」
「…そういうわけじゃ…」
「そういうわけじゃないなら!勝手に背負い込んで、勝手に落ち込まないで下さいよ!」
「……」
「気持ちは痛いほど分かります。が、ご自身の過小評価は、出来ない自分への過大評価になる事をご理解下さい。あなたは、真面目に生きていました。そして、とても家族思いでした。それでいいじゃないですか。死んだ後まで責任を担おうなんて、おこがましいですよ。」
「…確かに、傲慢だったかもしれません。」
「…ただ、その傲慢さがジョウカツには必要です。どうしても、ご家族に何か伝えたいなら…方法が無いわけでもありません。」
「え?…あるんですか…!!でもさっきは」
「先程は、伝える方法は『ほぼない』と言ったんです。ただ、これは一か八かの賭け事なんです。上手くいく確証はありません。それで良ければ。」
「教えて下さい!!浅間さん!!」
「…わかりました。恐らく、それが一番手っ取り早いジョウカツになりそうですね。」
無事に寺にも着き、僕は藁にもすがる思いで、浅間さんから話を聞いた。
「では、お教えします。真治さんは故人が枕元に立つという言葉をご存知でしょうか。」
「はい。なんとなくは。」
「我々が今からする事も、そっくりそのままなんです。眠りについたお母様と日和さんの枕元に立ち、言葉を伝えてください。」
「えっ、たったそれだけですか!!」
「それだけなんです。これは誰でも出来ますが、誰でも聞けるわけではありません。意味は分かりますね?」
「…なるほど。受け取ってもらえるかは、ギャンブルという事ですか。」
「そうです。真治さんも、『故人が枕元に立つ』という言葉だけで、何か言ってくれたという事例は、あまり耳にしないはず。何か言われたと思っても、内容まではぼんやりしている。私たちは、『そんな気がする』程度しか現世と繋がることは出来ません。」
「……」
「それでも良いなら、お2人が寝ている時間に伺いましょう。…どうしたいですか?」
「……それでも、家族に思いが届く可能性があるのなら、それに賭けたい。」
「分かりました。では、お2人が眠るまで、ここで待機しましょう。その間に、伝えたい思いを考えておいて下さい。あまり長すぎても、伝わらないこともあるので。」
一か八かのギャンブル。このチャンスに僕は家族に何が残せるのだろうか。いや、何を残したいのか。
僕はとっぷりと夜が更けるまで考え続けた。
「では、間もなく丑三つ時です。ご自宅に向かいましょう。…準備はいいですね?」
「…はい。」
覚悟は決めた。あとは実行するだけ。
願わくば届いて欲しい。言葉じゃなくても、この気持ちだけ。
僕らは、自宅へと向かった。
体重はもう無いのに、やけに足が重く感じた。
ーつづくー
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