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一番だいじなのは、あなた

娘の中学では
毎月一回
学校だよりが発行される。

表面には
校長先生か副校長先生のコラムがあり、
裏面には
先月の学校活動の報告と
今月の予定が載っている。


先日、
学校だよりを持ち帰った娘が、
校長先生のコラムを読みながら、
うーーーーむ
と首をかしげていた。

なんか違う気がするんだよねーー
と言うので
わたしも読んでみた。
「利他の心」についての
コラムだった。

校長先生は…

「自分だけがよければいい」
という心で行動すると、
視野が狭くなるし周りの協力も得られない。
人に良かれと思う「利他の心」で行動すれば、
視野も広がり周囲の協力も得られる。
「利他の心」が学校生活をより良くする。

という内容のメッセージを書いていた。

うんうん。
ジコチューな中学生たちだもんね。
もっと周囲への思いやりを持とうよ!
という呼びかけだ。
それ自体は
悪くないメッセージだと思う。

が、
よく読んでみると
娘の感じた違和感の正体が
分かった。

それは…
「利他の心」の説明で
校長先生が
「自己を犠牲にして他人を助ける」
という言葉を使ったところだ。

娘は少し憤慨しながら、
自分を犠牲にしたほうがいいってのは
間違ってると思う、
と言う。


たしかに。
母も同感だ。

他人のことを考えて行動するのは
大事なことだが、
それ以前に
まず自分のことを大切にするのは
大前提だ。

これを
『自利利他』と言う。

「自利」の部分を軽んずると、
自分が幸せでいられなくなる。

そして
わたしがこんなにもいろいろ犠牲にして
あなたのためにしてあげているのに…
というような思考に陥る。

「利他」が自分にも返ってくるはずだと
思ってしまうのだ。

違う。
利他が返ってくることを期待するのではなく、
自分で自分を
きちんと大事にしてあげなくてはいけない。

ちゃんと「利他」であるために
「自利」をおろそかにしない。
これ
とってもたいせつ。



校長先生は
ワガママジコチューな
オコチャマ中学生たちに
「周りには他人もいるんだよーー」
と気づいてもらうために
このコラムを書いたんだろう。

校長先生
とってもいいひとだし
わたし好きなんだけど、
今回は
ターゲットを見誤ったかな…
と思う。

もうオコチャマではない
既に「利他」を実践している中学生も多い。
彼らは
「利他」を大事にするがゆえに
自分らしさを抑え込んだり
ぐっと我慢したり
周りに合わせたりして
窮屈な日々を送っている。

同調や利他が大事と言われるのに、
なぜか
ちゃんと自分の意見を主張しなさい
とも言われたりする。

そんな中で
自分ってなんなんだろう…
どうやったら集団の中でうまくやれるんだろう…
とぐるぐる迷子になっていたりする。

苦しいよね。

校長先生のコラムをじっくり読む子は
少ないかもしれないが、
コラムに対して違和感を唱えられる子も
少ないだろう。

校長先生、
もう一歩踏み込んで、
一番だいじなのはあなた!

伝えてほしかったかな。

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