【小説】姉妹
「それではここで、新婦から新婦のご両親様へ、今日まで育てていただいた感謝の気持ちを込めたメッセージがございます」
私は食事をする手を止め急いで立ち上がった。慣れないヒールでわずかによろける。ビデオカメラを手にし、お姉ちゃんの顔に向けた。
「それではお願い致します」
曲想が変わり、しとやかに流れる美しい音楽が会場全体を優しく包み込んだ。
レンズ越しに見るお姉ちゃんの顔は久しぶり過ぎて、こんなにも綺麗だったのだろうかと胸を痛める。
「お父さん、お母さん。二十八年間お世話になりました。お父さん、いつも優しく私を見守ってくれてありがとう……」
スポットライトを浴び、真っ白なウエディングドレスに包まれたお姉ちゃんは、私の記憶の中で一番綺麗だった。華やかに結い上げた髪型も、いつもよりほんの少し濃い化粧も。何より、普段は着ることのないドレス姿も。
お姉ちゃんは私の憧れだった。
頭も良くて、運動神経も良くて。要領も良く、友達も多く。何もかも私はお姉ちゃんに劣っていた。
それはいつしか嫉妬に変わり。疎ましく思うようになり。お姉ちゃんと自分を比べるたび、どんどん辛くなっていった。
お姉ちゃんなんて、いなかったら良かったのに。そう思うことも多かった。
高校を卒業してからお姉ちゃんは東京に行き。今日まで数回しか会ったことがない。話すことも、メールすらしたこともない。きっと大学生活が楽しくて、仕事が忙しくて、私のことなんて忘れてしまっていたのだろう。こんな可愛げのない妹のことなんて。
私はいつも友達の姉妹を見て羨ましく思っていた。何でも話し合える仲のいい姉妹。お互いを必要としている絆。
カメラに映るお姉ちゃんは綺麗な涙を頬に落とし。ひとつ瞬いて顔を上げた。そして、私の方を見た。
「お父さんとお母さんに、一番感謝したいことがあります」
明かりを落とした会場の中で、私を見つけることは難しいはずなのに。カメラを持つ手がかすかに震えた。
「妹を、夏美を産んでくれてありがとう」
嗚咽が聞こえた。頬に温かいものが伝って落ちた。自分が泣いていることに、私はたった今気が付いた。
拒絶していたのは、私の方だった。私が距離を置いたんだ。本当はお姉ちゃんのこと、誰よりも大好きなのに。
読み終えた手紙やプレゼントをお父さんたちに渡すと、お姉ちゃんは光を携えながら私の方へと歩いてきて。
泣いている私を見て、優しく微笑み。
ぎゅっと抱きしめてくれた。
私の思い描いていた姉妹は、ここに在ったんだ。
(1035文字)
テーマ曲:「Requiem - S.E.N.S.」
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