「孤独のグルメ」について
私は、地方に独りで出張することが多い。たいてい1泊か2泊なのだが、朝食はビジネスホテルのバイキング、昼食は出張先で準備されていることがほとんどだ。
問題は、夕食である。2泊3日の出張の場合には、2回夕食を食べることになるのだが、研修講師として出張するときは、その宿泊地が1年に1回程度、あるいは初めて訪れる場所のことが多い。
そうなると、夕食を食べる店を探すのに苦労する。私はいわゆるグルメではないので、別にとびっきりのごちそうを食べたいわけではないが、せっかくめったに来られない場所に来たのだから、札幌で沖縄料理は食べたくない。
最近はスマホのナビを見ると、おいしい店の情報が溢れているが、私はあれを見るのが苦手だ。特に食べたい料理があるわけではないので、ターゲットを絞りにくいのだ。
結局、ホテルを出てぶらぶらとおいしそうな店を求めて歩き回ることになる。その場合、予約をしているわけではないので、混んでいる店には入ることができない。私はせっかち人間なので、食事をするために30分以上待つくらいならコンビニ弁当で済ましたほうがましだ。
かと言って、初めての土地で空いている店も躊躇する。空いている店にはそれなりの理由があるのでは?と勘繰ってしまう。
そうなると、夕食を食べる店を求めて、長時間歩き回り、結局「もうどうでもいいや」と思い、適当な店に入って失敗することも多い。そのため、私の今までの勝率は60%程度である。
テレビ東京に「孤独のグルメ」という番組がある。俳優の松重豊さんの当たり役だ。この番組は何回も再放送されているので、私は何度も同じ回の番組をみている。
この番組の不思議なところは、何回も再放送されているのに、何度見ても飽きないことだ。
松重豊さん演ずる井之頭五郎の食べっぷりもすごい。口の中に食べ物を思いっきり放り込んでガツガツと食べる。決してお上品な食べ方とは言えないが、妻からいつも「もっとゆっくり食べなさい」と叱責されている私には、非常に親近感を感じる食べ方だ。
聞いたところによると、松重さんは孤独のグルメの撮影前日は一日絶食するそうだ。見上げたプロ根性である。
考えてみれば、中年男が飲食店に入り、ずっと食べているだけの番組なのに、なぜか人を惹きつける。その理由のひとつは、「余計なことをしゃべらない」ことだと思う。
番組の食事の場面では、井之頭五郎さんがお店の人と話すシーンは注文程度であり、料理に対する感想はナレーションで入れている。
よく目にするグルメ番組では、芸能人などが派手なリアクションとともに「わー、おいしい、生まれて初めて食べた!」といったわざとらしい反応を映すことが多い。
私は、芸人などが食べ物を食べたとたん、わざとらしく目をつぶって感激しているシーンを見るとテレビを消したくなる。「この料理はやばい!」と言われると、テレビに向かってモノを投げたくなる。
その点、孤独のグルメではそのような過剰反応はまったくなく、井之頭さんが淡々と食べ、淡々とナレーションが入るという構成になっており、これがかえって新鮮さを感じさせるのではないだろうか。
孤独のグルメは2012年に放送が始まり、現在まで12年間も続いている長寿番組である。当初の共演者はあまり名の知られていない俳優が多かったが、最近はほんのちょい役でも有名な俳優がよく登場する。
再放送だったが、ある居酒屋の回をみた。その店は、コの字型のカウンターになっており、真ん中におかみさんがいてお客様とやりとりするしくみになっていた。そのおかみさんの役は俳優の浅野温子さんがつとめていた。
東京の下町にあるとても雰囲気の良い店で、しかも私の倅が住んでいるところの近くだったので、私も行ってみた。お店の入り口のところでは、「孤独のグルメで放送されました」という紙が貼ってあった。
メニューは壁一面に貼られており、そこから選ぶようになっていた。焼き鳥、アジフライ、煮込みなど私の好きなものばかりだ。なんと午後3時からやっていて、私は6時ころ行ったのだが、すでに満席に近い状態になっていた。下町の店なのでお客さんも近所の知り合いが多いようで、お互いに和気あいあいと話している。「近所にこんな店があったらいいのになあ」と思いながら、店を出た。
ただ、この店でひとつだけ残念なことがあった。それは、カウンターの中にいたおかみが浅野温子ではなかったことだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?