斜め3度が変える主従関係。カシオの電卓に学ぶユーザー中心設計
今回は、カシオのユニークな電卓を取り上げます。
特徴は電卓を右に微妙に傾けたデザインにあるのですが、今までになかった電卓の開発秘話からはマーケティングへの示唆が得られます。
3度傾けたカシオの電卓
ご紹介したいのはカシオ計算機の 「人間工学電卓」 です。
最大の特徴は、右下に3度傾いているところにあります。わずかに傾けることで、電卓を使う手にフィットする形状になっています。
開発プロセス
人間工学電卓の開発プロセスを見ていきましょう。開発が始まったのは2018年でした。
開発への思いと発見
開発に着手したのは、開発担当者の 「今は、スマートフォンの電卓アプリでも計算ができる時代であり、それでもわざわざ電卓を使ってくれる人がいる。その方々に向けて、少しでも良いものを提供したい」 という思いからです。
そこでまずは業務で電卓を使っている人たちが、どんなことを求めているか、ニーズを探るところから取り掛かりました。
調査から分かったのは、電卓使用者の 75% の人が 「電卓を選ぶ際に打ちやすさを気にしている」 ことです (参考記事) 。
また、操作する手は、利き手にかかわらず 「右手のみ」 と答えた人が 75% で、操作で使用する指の本数は 「3本から5本」 が 24% 、「2本の指」 が 25% 、「1本の指のみ」 が 35% という結果でした。
ヘビーユーザーの設定
そこで調査からの洞察として、開発する電卓のターゲットユーザーは 「右手のみ」 で操作する人とし、かつ 「3本から5本の指」 で操作する 「電卓ヘビーユーザー」 に設定しました。ヘビーユーザーがより打ちやすく、操作性を高めた電卓の開発を目指すことになりました。
ここでマーケティングの視点で注目したいのは、ヘビーユーザーの定義です。
ヘビーユーザーのことを単に電卓の使用頻度が多いというだけではなく、利き腕や指の本数などの具体的な使い方を訊いたアンケートから解像度高く電卓ヘビーユーザーを再現したわけです。
ヘビーユーザーの理解
カシオの開発陣は、定義したヘビーユーザーの電卓の使い方を詳細に理解するように努めました。
想定するヘビーユーザーの人たちの利用方法を人の目だけではなく、モーションキャプチャー技術を使いました。モーションキャプチャー技術によって、人の目だけでは気づけないお客さんの電卓使用時の手や指の微細な動きまで詳細に、かつ客観的に分析することができました。
「人と電卓の関係」 を逆転
こうした深いユーザー理解にもとづき、電卓が開発されました。
デザインの特徴は斜めに3度傾いていることですが、加えておもしろいと思うのは 「人と電卓の関係」 を捉え直した点もあります。
従来は 「人が電卓に合わせて使う」 という考え方が一般的でしたが、これを逆にして 「電卓が人に合わせる」 という主従関係を逆転させたのです。3度傾いているのも、電卓が人に合わせた結果です。
顧客理解からの商品開発
では最後に、カシオの電卓の事例から学べることを一般化してみましょう。
今回の事例から学べるのは、商品やサービス開発におけるお客さんの深い理解の重要性です。
ヘビーユーザーを使用頻度や購入金額だけで設定するのではなく、利用用途や使用シーンを広く深く捉えることで、実際の使い方からお客さんが何を求めているのか、商品を使うことでどんなベネフィットや価値を得たいのかを理解することができます。
カシオは電卓を3度傾けたことで、右手を自然な斜めの状態のまま、電卓の打鍵方向は垂直を保てることで操作しやすくなり、手首や指への負担が少なく、使いやすい電卓を誕生させました。
わずか3度という細部に神を宿らしたのです。