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言語化して思考力を鍛える重要性

ラスト20代(今年9月で29歳)を迎えるにあたり、人生初めて1人旅に来てみた。

歳を重ねるにつれて人はどんどん新しい知識や経験を受け入れなくなっていく。めんどくさがりであれば尚更、新しい場所に行くこともまたその場所を調べることも億劫になっていく。こうして柔軟な思考が失われていき、偏ったモノの見方・考え方になっていく。

新しい知識や経験は、いつどんな時も人生を豊かにしてくれる。大切なのは、その得た知見を言語化することあるいはできるようになる事だ。

海外で子育て中の友人から、「思考は言語を介して行われる」って聞いた時、それが確信に変わった。海外で生まれると、日本語・英語の最低2か国語、下手するともっとたくさんの言葉を使う幼少期を過ごす事になる。全部の言語が中途半端だと、思考力が落ちてしまう可能性があると。

思考が言語を介して行われるのは、赤ちゃんだけじゃなくて、僕たち成人にも当てはまる部分があると思う。何か新しい経験に触れ続ける事で、知的好奇心が満たされまたそのLvが上がっていく。その知的好奇心がなぜ・どのように満たされているかを言葉にする事で、思考力が鍛えられ、それが知能に変わっていく。

勉強が全く続かなかった自分が、社会人になって唯一ずっと継続しているのがSNS発信で、「facebook」「Twitter」「note」あたりは発信するようにしている。

この継続が自身の思考力向上に繋がったのは、間違いないなと最近答え合わせすることが出来た。

同時に、社会人になってから急にSNS発信を継続する事のハードルは想像以上に高く、継続して効果を実感するまでにはかなりの時間の要するという事もまた理解出来た。(発信ずっとしてきて、社会人7年目でようやく心から実感できたレベル。)

p.s.
初1人旅は箱根をチョイス。「箱根風雅」と「湯本富士山ホテル」へ合計2泊3日。新しい経験に触れるのがテーマだったので、食事先もホテルも本も触れた事の無い情報に触れまくった時間、中でもPOLA ART MUSEUMで展示された「近代化に抗って」に魅了された。1920年代、第一次世界大戦後の復興で近代化が急速に進む中、近代化を批判する動向がうまれる。1924年には、詩人アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」を発表し、人間性を疎外する合理性や理性主義を批判、無意識を手かがりに「超現実」を探求するシュルレアリスムを創始した。"歴史は繰り返す"とはよく言ったものだが、産業の発展によって人々の暮らしが豊かになる過程の中で、反対勢力は必ず生まれてくる事もまた、それなんだと感じた。

何よりこれを絵画で表現しようという発想と、ポラライズ要素強めの表現に美学を感じた。

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