【小説】ネコが線路を横切った20
最後のネコを追いかける
西武多摩湖線の青梅街道駅のホームに、春海は立っている。
マスターが渡してくれたノートを見ながら。
メニューには、女の子が好きなパフェがあったら。
常連さんは、飲ませすぎないようにしなきゃ。
ワイングラスの底が上手く拭けないのはどうしたら。
西洋居酒屋には、洋楽を流すのがいいんじゃないの。
なんで演歌を流してるんだろう。
読み返しながら、これはファミレスで仕事を始めた時に書いたメモと同じ感覚だと思った。
仕事のやり方、改善したい部分、お客の意見と感想、春海は毎日ノートに書いていた。
―――ずっと書いてたんだ、わたし。
小説は書かなかったけど、毎日何か書いていた。
ノートの最後のページには、1行だけ書いてあった。
いつか、小説を書けたらいいな。
ミチコにいわれるまでもなく、18歳の春海は、小説を書きたいと思っていた。ミチコのノートは、背中を後押ししてくれた。
「まもなく、国分寺行きの電車が参ります」
春海は、来た時と逆のルートで帰るつもりだった。JR国分寺駅に出て、中央線に乗ろうと。
ホームに立つ春海の前に、黒猫が一匹、出てきた。
ネコは、一瞬春海を見て砂利道を走って行ってしまった。国分寺方面ではなく、反対方向の萩山方面に。
ホームのライトに照らされたネコは、すぐに見えなくなった。
国分寺行きの電車に、春海は乗らなかった。
萩山行きの電車に、春海は乗った。
萩山から小平に出て、西武新宿線で西武新宿にでよう。
ネコは萩山方面に行った。
今度は、ネコを追いかけていく。
新宿のどこで新しいノートを買おうか。
完
※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。
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