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【小説】三十字職人と僕(みそじしょくにんとぼく)4

高校生活はLINEの日々

 高校の入学式の夜から、僕らの高校生活は一変した。
 休校になったからだ。
 高田大介は、LINEで連絡してきてとにかく文芸部が始まるまでに何でもいいから文章を書きためておけと言われた。ブログに書いて、ちゃんと人前にさらしておけ、と。
 僕は、アメブロに登録して日記を書き始めた。
 本を読んで思ったこととか、せっかく入学した高校に通えないのはさびしいとか、思うままに綴った。

 田村愛菜からのLINEは、やたらと画像が多かった。
 たいてい、何か可愛いモノといっしょに写っている田村愛菜だった。
 それ、何? と聞くと、バッグにつけてるうさぎちゃん、だとか、今日のおやつのアイスクリームのフタ、だとか返信がきた。
 最近なにか本を読んだ? と聞いたら、『セブンティーン』という雑誌といっしょに写ってる画像がきた。直輝くんは何を読んだ? と聞かれて、畑田智美の『感情8号線』と答えたら、何それ? と。
『国道沿いのファミレス』でデビューした作家さんの小説で、と書いていたら、小説なんて読まない、ときた。
 そうか。
 小説を読まない人もいるんだ。
 学校に通えるようになったら、映画を観にいこう。
 という僕のLINEには、朝富駅前のイオンシネマで、ポップコーン食べながらね、と返信があった。


読んでほしい人は

 5月下旬のある日、母さんから買い物を頼まれた。
 歩いて10分ちょっとの緑が丘駅前のスーパーまで。
 ずっと家にいるのにも疲れてきて、たまに近所を歩き回っていた僕は、駅ビルの本屋に行ってその上のグストでドリンクバーを飲んでいいというおまけをもらって、マスクをして、でかけた。

 ココザカっていうスーパーで、頼まれた焼き肉のたれ檸檬とオリーブオイルを買って、駅ビルに向かう。
 駅前広場をぐるりとまわっていく途中に、トートールというチェーン店のカフェがある。ふとみると、外向きのカウンター席から、松本広司さんが手を振っていた。
「松本さん」
「ひさしぶりだな。高校は、休みか」
「そのかわり、夏休みが短くなるみたいで」
 白いコーヒーカップの脇に、ベージュの布製のマスクが置いてあった。松本さんでもマスクはちゃんとするんだ。
 もっと、社会府適合者的な人かと思ったけど、意外に常識人なのかもしれない。
 おごってくれるというのを、今日は母にちゃんとコーヒー代はもらってきたからと断って、アイスのハニーカフェオレLサイズを買った。
 松本さんの隣に座る。隣なんだけど、昨今の対策で椅子と椅子の間が広くなっていた。店内も、テーブルの間隔が広がった分、客席数は減っていた。
 なんだか変だけど、しょうがないことなんだよな。

 変わったことはないか、と、松本さんに聞かれて、文芸部に入ったこと、高田大介のすすめでブログを書いていることを話した。
 ブログをみせると、小学生並みによくかけてる、とほめてるとは思えない言葉が返ってきた。
「自己満足で書いてるだろう」
「どう書いていいか、わかんないんだよ」
「自分という人物を想定して、その人に向けて書くんだよ」
「それは自己満足と同じじゃないのかなあ」
「違う。読者を想定しているから」
 読者。
 自分に宛てたとしても、読者なのか。
 僕は僕に読んでほしいと思って書いてるのか。
 いや。
 読んでほしいのは。

 松本さんは、コーヒーを飲んで、カップをソーサーの上にかちゃりと置いた。
 それから、ポケットからロルバーンのMサイズ若草色のノートを取り出した。透明のカバーがついている。ノートについているボールペンは、クロスのボタニカのグリーン。お父さんが持ってるノートとボールペンに、似ていた。
 ロルバーンの5ミリ方眼のノートに、松本さんは書く。

「読者。読んでくれる人。読んでほしい人。自分。高校生男子。文芸部」

 そう書いた1ページを、ぴりりと切って、僕にくれた。
 松本さんの文字は、右上がりのくせ字だった。
「松本さんって、何の仕事してる人なの?」
「次に会ったら、正体バラそうかな」
 そう言って、松本さんは店から出ていった。

 僕は、松本さんがくれたノートのページに、家に帰ってから書き足した。

「読んでほしい人。本は読まなくても僕の文章をわかってくれる人。田村愛菜さん」

 僕のブログは、毎日彼女への告白にしよう。

つづく



※この物語はフィクションです。
実在の名称・団体・個人とは一切関係ありません。


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