見出し画像

【小説】ネコが線路を横切った17

今までのお話はマガジンから

喫茶店にて、ケーキよりもチキン南蛮を

「作家の藤村架奈は廃業したんじゃなかったのか」
「廃業した。また書くなら、別のペンネームを使う」
「本名の竹中春海じゃ、だめなのか?」
「だめ」

 春海の頭の中に、娘と元夫の顔が浮かんだ。
 本名を使うということは、この二人のところに迷惑がかかる可能性が大きい。

「前の名前なら、編集とか出版社につながるんじゃないのか?」
「わたしが作家してたのは、もう30年近く前。むりむり」

 くう、と、春海のお腹がなった。
「お腹すいちゃったな」
 カウンターにあるメニューを、春海は手に取った。
「チーズケーキ食べようかな」
 メニューをめくる。
「グラタンもいいな」
 メニューをながめていても、なかなか決まらない。

「チキン南蛮」
「あ、いいな」
「定食セットで、オレンジジュース」
「え」
「そのあとは、レモンスカッシュ、チェリーコーク、アップルジュースで、最後はホットミルク」
 春海は、メニューから顔をあげてマスターを見た。
 覚えていてくれた。
 春海が、30年前に西洋居酒屋SINに始めて入った時に食べたものと飲んだもの。

―――覚えていてくれた。マスターは、ずっとわたしを想って、待っててくれたんだ。でも。

 春海の口から、ふと出た言葉は。
「マスターには、マユさんがいたじゃない」

つづく


※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。


中野谷つばめ公式サイト 本と文具とファミレスと文章と

中野谷つばめプロフィール
公式サイトには書いていない自己紹介

お仕事MENU

ツイッター @ファミレスで文章を書く人
FB

サポートしていただいた金額は、次の活動の準備や資料購入に使います。