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【連載小説】パンと林檎とミルクティー 3

3 火曜日午後5時

 届いたメールをみて、真智子は「げ」と声を出してしまった。
 昨日納品した記事について、修正依頼がきている。
 しかも、指摘は細かい。
 めんどくさい。
 大好きな文具についての記事じゃなかったら、もうやめるといってるところだ。
 ここは、テンポよく直してついでに請求書も送っちゃえ。
 きっちり1時間の作業で終了。

 心がざわつくときには、キッチンに立つしかない。
 真智子は、昨日買ってきたリンゴ2個を4つに切り、芯をとり、皮をむいた。
 薄く切って、雪平鍋に入れる。
 レモン果汁をふりかけてから、砂糖と水を入れて、火にかける。

 ぽこぽこぽこぽこぽこ。
 沸騰してしばらくすると、あくがでてくるので、おたまですくう。
 
 ぽこぽこぽこ。

 雪平の中で、林檎が柔らかくなっていく様子を、真智子はみつめていた。
 木べらでかきまわしながら。

 まあ、クライアントのリクエストだから、きいておかなきゃってところもあるし。あのクライアントは、ギャラはちゃんと払ってくれるし。
 次に記事を書くときは、はじめにいろいろ確認しておかなきゃ。

 ぽこぽこぽこぽこぽこ。

 煮立っている林檎の小さな泡がうまれては消えていく間に、真智子のもやもやもだんだん消えていった。
 あくを、おたまですくいとる。
 あくを、全部、すくいとる。

 ぽこぽこぽこぽこ。

 林檎をジャムにしたら、どうやって食べよう。
 トーストしたパンに乗せてシナモンをふりかけてもいいし。
 パイシートがあれば、アップルパイを作ってもいい。
 そうだ。
 日曜日に会った編集者のまり子に、今日のことをどう思うか聞いてみよう。
 ライター目線だけじゃなくて、編集者目線も知りたいし。

 真智子はスマホをだして、まり子にLINEしてみた。
「納品した記事について、事細かに修正依頼がきた。いいまわしとか読者対象とか、依頼時には何も言われなかったこと言われて直した。仕事だからすぐ直して送ったけど、これでよかった?」

 LINEを送って10秒後、ぴろりんと返信が来た。

「真智子えらい! 次からは執筆前に聞いておくことね。編集者まり子より」

 ぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。

 雪平鍋の中で、林檎はあめ色に変わってきた。
 煮詰まるまで、もう少し。

つづく


 


この小説は、作家志望の女性の日常をちょっとだけ切り取って描く連載小説です。
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