【小説】ネコが線路を横切った7
現実と小説世界の狭間で・はじまり
「この話を恋愛小説にするなら、最後はどうするか」
ミチコに投げかけてられた質問に考える前に、春海は自分自身の活動を再開した。
自室を出て、シャワーを浴びる。
髪を乾かしながら、鏡を見る。
頬がやせていた。
ミチコがこんな姿をみたら、怒るだろうと思う。
だから春海は、元気になると決めたのだ。
ミチコのノートと、新しいB5サイズのノートと、赤いカランダッシュのボールペンを持って、春海は4カ月ぶりに外へ出た。
駅前のアルプスの2階で、コーヒーを飲みながらノートを開く。
コーヒーといっしょに、ミチコがよく買ってきてくれたショートケーキを食べる。悲しいよりも、ミチコがそばにいてくれるみたいに思えた。
最後はどうするか、という小説のラストを考えるには、まず始まりを考えなければならない。
「なぜ、主人公は家出をしたのか」
家出した時は、ただ電車に乗って新宿に出て、下りのJR中央線に乗りたかっただけ。目的も思いも何もなかった。
高校を卒業したら、簿記の学校に行っておけば就職もできるし、親にも言い訳が立つくらいに思っていた。
それは、現実の自分自身の思いではあるけれど、小説の主人公であるハルミなら、もっとちゃんとした理由があるのではないか。
作らなければリアルではない。
親とケンカしたとか、勉強に意味を見いだせずに成績が下がったとか、同級生に振られたでもいい。
なにか。
両親が、ほんとうの親でないと知らされた。
出生の秘密は、高校3年生の夏休みには大きい。
自分のアイデンティティに関わるから。
現実の春海は、両親と顔を合わせなくても生活に不自由はしていない。
小説世界のハルミは、きっと傷つきやすい。
自分で自分が支えきれなくなって、家を出ずにはいられなくなった。
乗ったことのない方面の電車に乗り、降りたこともない駅に降りる。
その駅に降りようと思ったのは、電車の窓からネコが見えたから。
たとえば、ファーストシーンは、駅のホームにハルミとネコが並んでいる場面からでもいい。
ネコだけが、線路を横切り用水路のむこうに渡って見えなくなる。
ハルミはネコを追いかけていけない。気力も意思もない。
ただ、あとからマスターになぜこの駅で降りたの、と聞かれて答えるのだ。
「ネコが線路を横切ったから」
春海は、新しいノートの1ページ目に、書いた。
「タイトル ネコが線路を横切った」
つづく
※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。
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