【小説】ネコが線路を横切った11
西洋居酒屋にて、マスターと少女の同居生活
カウンターで、春海は目を覚ました。
肩に毛布がかかっている。
チキン南蛮がとてもおいしくて、ご飯のおかわりをしたのを覚えている。
家だったら考えられない。
そのあと、レモンスカッシュ、チェリーコーク、アップルジュース、ホットミルク、と飲んでいつのまにか眠ってしまった、と、春海は思い出した。
「起きたか」
春海の後ろで、マスターの声がした。
振り向くと、椅子を4つ並べた上に、マスターが横になっていた。
帰るか、と聞かれて、思わず「帰らない」と答えてしまった。
「2階が俺の住まい。ベッドがあるから、そこで寝てくれ」
「ええっと、あなたは?」
「ここで寝る」
「でも」
「明日、布団を買いに行くからいいんだ」
じゃあお言葉に甘えて、と言って、春海は2階へ上がった。
ワンルームで、生活に必要な最低限のものが揃っている部屋。
意外にも、ゴミも服も散らばっていないきれいな部屋だった。
ベッドは、マスターみたいな男臭さがあったけれど、眠気には勝てなかった。
いいにおいがする。
コーヒー。
ミルクかな。
あと、たぶん、パンを焼いたにおい。
オレンジみたいなフルーツも。
あ、と声を出して、春海はば、と起き上がった。
隣のキッチンにマスターが立っていた。
「おはよう」
「あ、おは、おはようございますう」
ベッドの脇の小さいテーブルの上に、2人分の朝食があった。
向かいに座ったマスターが、トーストを食べ始めるのを見て、春海もグレープフルーツを食べて、カフェオレを飲む。
「名前言ってなかった。俺、斎藤真二。君は?」
「春の海、ではるみ。」
「きれいな名前だね」
「どうも」
「ところで」
と、マスターは、パンをぱくっと食べきった。
「食べたら、車で買い物に行くけど、行く?」
「うん」
「じゃ、春海ちゃんの着替えも買うか」
「きがえ」
「そう。今日帰るなら、いらないけど」
「ううん。しばらくここにいるから」
帰らない。
ここにいる。
自分で言ってしまって、春海はびっくりした。
マスターは、春海の名前だけ聞いて、それ以上は聞かなかった。
布団を買いに行くはずが、春海がホームセンターで欲しがったのは、寝袋。面白そうだから、これに寝る、と言ったら買ってくれた。
ついでに、と、マスターはグローブを2つとボールも買った。
車で、大きな公園にいって、キチャッチボールをした。
春海がボールを投げても、マスターのところまでぜんぜんとばない。
マスターのボールは、ふうわりと、春海のグローブにおさまる。
マスターのところまで、ボールを届かせたい、と、春海は思いながら、思いっきり、投げた。
つづく
※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。
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