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◇高嶋イチコ自選集◇

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自己紹介がわりに、これまでの投稿で特にお気にいりの物を集めました!
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#毎日note

わたしがあなたのペットだった頃。

「君は年が離れているから、恋人って感じがしないね。セフレってほどドライでもないし。なんだろうね」 ストーブの灯りで橙色に染まったその人の肌に触れながら、すこしだけ考えて「それならペットでいいですよ」と答えた。 男は肩まである自分の髪を邪魔くさそうに束ねて、いいねそれと笑った。 恋人ではない男のベッドで寝るなんてはじめてだった。 意外と平気。わたし、なんにも傷ついてない。 ベッドで過ごした数十分は、過去の恋人たちとしてきたのと変わらない、ただのセックスだった。 窓の外は雪

夜に住む子供たち

「おっさんのオナニー見るだけで1万もらえるんだけどさ。一緒にやらない? めっちゃ稼げるよ」 騒がしい教室で、同級生のKは昼食のパンを齧りながら言った。 15歳だった。 「ごめんごめん、イチコはそういうのやらないもんね」 答えに詰まる私に、Kは笑ってそう言った。 ススキノから徒歩圏内の学校で、こういう類の話は日常的に流れてきた。 年齢をごまかしてニュークラブ(他県でいうキャバクラ)で学費を稼ぐ子、援助交際で弟を養う子、イメクラで稼いだお金を年上の彼氏に渡している子…。 彼

恋の証人。

これは本当に起こったことかもしれないし、そうじゃないかもしれません。 「俺、宏美とも寝てるよ」 男が口にしたのは、わたしの憧れの女性の名前だった。 ちょっとだけ虚をつかれて、眠気がとんだ。 深夜3時までだらだらと抱きあって、わたしたちはまだ裸でベッドに寝そべっていた。さっきまで繋いでいたその手が、あの優しい女性の体にも触れていたなんて。 バイト先のバーで、わたしが働き始めるよりもずぅっと昔に働いていた男とその女性、宏美さんは、いまでもそのバーにそれぞれ飲みにきていた。

いなくなればいいと思ったあのこは、三日後の夜に死んだ。

「なんかさ。Mちゃんに、家に遊びにおいでって誘われたんだよね」 彼氏が口にしたのは、私と彼氏共通の、女友達の名前だった。 カッと体が熱くなった。 寂しいなら、私を呼べばいいのに。 せめて、私と彼氏と2人を誘えばいい。 なぜ彼氏だけを誘うの。 Mちゃんは、精神の病を患っている女性だった。 旦那さんは仕事が忙しく、家にあまりいない。 もともと寂しがり屋だったうえに、病気の状態が悪化していた彼女に呼ばれて、私は当時そのマンションによく遊びに行っていた。 私は18歳で、はじめ

ボストンバッグに寂しさを。【ショートストーリー】

「ナイアガラの滝は、ひとりで見るものじゃない。寂しいじゃないか」 一人旅のわたしに、ツアーバスの運転手はそう言った。 その言葉になんて答えればいいのかわからないまま曖昧な笑顔をかえして、わたしは目的地への道を急いだ。 分厚い水の壁が、地響きのような音を立てて壊れ続ける。 ナイアガラの滝は美しく、恐ろしい場所だった。 足元に広がる地球の裂け目に、自分もすい込まれそうになる。 周囲の笑い声が遠のいて、「寂しいじゃないか」という言葉が、ぽつんと胸に波紋を広げた。 帰りのバス

わたしは処女作に向かって成熟できるのか?

今日はわたしが2年前、初めて書いた小説を晒してみる。 本名ばれちゃうけど、最近そこら辺がどうでも良くなってきたので(笑) 下記リンク先の、「鬼の棲む場所」という短編小説がわたしが書いたものです。 http://www.kochi-art.com/pdf/prize-46.pdf 読みなおすと、修正したい部分がいっぱいある。けれど、当時は自分なりに、主人公の気持ちを書き切ろうと必死に原稿用紙に向かったので、愛おしさもある。 「作家は処女作に向かって成熟する」 小説を書い

催眠療法をうけたけど、前世も日本在住の一般人だったよ。

数年前、催眠療法を受けた。 特に大きな悩みがあったわけじゃないけれど、催眠療法へ行った会社の後輩の話が面白かったので、好奇心モンスターのわたしはすぐに予約を取った。 後輩は“中世のヨーロッパでアーティストだった”前世を見たそうで、「ひとりで黙々とアートを制作して満足していたけれど、“今度はもっと人と関わりたい”と思いながら死んでいった」らしい。 ヨーロッパの石畳の感触とかも、めちゃくちゃリアルだったと興奮気味に語っていた。 ふむふむ。 きっと私も前世は海外のアーティストだ

105日目:たいおん【体温】→掌編小説

たいおん【体温】 動物体のもっている温度。 ◆◆◆ 彼の妻から電話が掛かってきたとき、わたしは初めて耳にするその名前を、新鮮な気持ちで聞いた。 「トクラの妻です」いつもの番号からスマホに掛かってきた電話をとると、女の声がそう言った。 “トクラ”は頭のなかでうまく変換できなかったけれど、女が“妻”の部分を強調したことはわかった。 通いなれたコンビニの雑誌コーナーの前。わたしはなぜか、目の前にあった読みもしない女性週刊誌をカゴに入れ、我にかえってラックに戻した。 「トクラ

書きつづけるって(今のところ)楽しいよ。

「 #挫折しないコツ 」Googleフォームで長文回答しようとしてブラウザが落ちるというのを3回やって、もうええわ!と思ったので、記事にする。 noteの毎日更新をはじめて7カ月が経過した。 誰に頼まれて書いてるわけでもないし、仕事につなげたいわけでもない。 文豪の作品を図書館や青空文庫でいくらでも読める時代、わたしの文章はたぶんこの世に必要ない。 (だからいつも、読んでくれる方にちょっとだけ申し訳ない気持ちがある。この記事に書いた。) でも。 『頼まれてない』『仕事を

エッセイは絵画で、小説は立体造形アート。

エッセイを書くこと、小説を書くこと。同じ『書く』でも、わたしにとっては全く別の作業だ。 例えるなら、エッセイはモデルを前にして描く絵画、小説は立体造形アートという感じ。 エッセイを書くとき。 わたしは『実際の出来事』をモデルとして描写し、自分と同じ純度の感情(美しい、悲しい、怒りetc)を、読んでいる方の胸の中に再現したい。 モデル(=出来事)よって描き方は変わって、抽象画のときも、写実画のときもある。 対して、小説はわたしにとって立体造形アートのようなもの。 自分の胸に

ながれる【流れる】→121日目/掌編小説

ながれる【流れる】 水の流れによって物が動かされる。 ◆◆◆ 夜の川面には、筆をつかって絵具を散らしたかのように、たくさんの桜の花びらが浮かんでいた。 深夜一時。川辺には夜桜を見に来た僕ら以外、誰もいない。 「あれ、乗っちゃおうか」と、彼女が指さした先を見ると、桟橋に古いボートが二艘、繋がれていた。 彼女は僕の制止も聞かずに桟橋へ向かい、重そうなロープを解きはじめる。華奢なパンプスでよろける姿を見ていられなくて、仕方なく手を貸した。 ロープを解かれたボートに、彼女がひらり

87日目:あめ【雨】→掌編小説

あめ【雨】 空から降ってくる水滴 ◆◆◆ パタパタと雨が窓を打つ音がきこえて、天気予報が外れたことを知る。 今日こそは職安へ行こうと思っていたのに。 わたしは脱ごうとしていたスウェットを着直し、ベッドに戻りスマホでYouTubeを起動した。 一日早く職探しをはじめたところで、なにが変わるわけでもない。 ピンポン。 しばらくして、インターフォンの無機質な音が鳴った。アマゾンの荷物かと思ったけれど、最近はなにも注文した覚えがない。荷物を送ってくるような人だって、わたしには

手放せない葛藤があってもいい。

「俺って、どうしてこうなんだろう」 夫と出会って10数年。彼がそういって自分自身を責める姿を、なんども、なんども、見てきた。 夫は、世間から見れば不器用とされる自分の生き方を、完全には肯定しきれず葛藤を抱えながら生きている。 その様子を見る度に、「彼を好きなわたし」まで否定されているみたいで、悲しかった。 深いところまで沈みこんだ夫には、わたしの声は届かない。 でもね。先日、落ちこんで丸まった夫の背中を見ながら、ふっと思った。 10年以上も、葛藤を手放さず抗いつづけ