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ツバメroof物語(小説編)

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堺市にあるカフェのようなお店の話。 自分たちでDIYして2年がかりで作りました。 まだまだ進化中。日常を小説風にしています。 お店にもぜひ遊びにきてください。
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【ツバメroof物語①】(半分フィクション半分ノンフィクション)/石井-珈琲係

~プロローグ~ 『飽きた』  これが11℃の二人の口癖で、私はいつもその言葉に振り回される事になっていた。  だけど最近では、この「振り回される」という表現は語弊が出てきた様に感じる。  私自身「振り回される」事を楽しむようになってきたし、何より、私も二人と一緒にいる内に飽きる体質がうつってきたせいかもしれない。    11℃というのは、建築士二人のデザインユニット名で、一人は私の姉でアイ、もう一人は姉の友人のその子さんだ。  何しろこのユニット名も、元々はミドリスイッチ

ツバメ物語13/珈琲係石井

 薄暗くて冷たい雨の中、その女性は、傘をさしながら小走りで近づいてきた。 「すみません、ずっと気になっていて、、、ここ何が出来るんですか?」  この質問に答えるのはいつも、そう今も戸惑ってしまう。カフェといえば自分だけの様だし、料理は出す気はないし、建築事務所といってしまえば、関心のない方は一度も足を踏み入れる事なく遠ざかってしまう。  「カフェの様な、、建築事務所の様な、、お店を考えています」  そうだった、お店だ。誰でも入れるお店。保健所で申請した時点でお店になる事は

【ツバメroof物語②】(半分フィクション半分ノンフィクション)/石井-珈琲係

11℃の二人と夕子でツバメroofというほんのちょっと変わったお店を始めてこの冬で4年が経った。  といっても、全員がダブルワークのため、開いている日を全部足しても半年分ないかもしれない。  働く上ではストレスを生じる事はしないという、暗黙のルールがなんとなく出来上がってきた。決して無理はしないスタイル。  無理して珈琲豆は煎らないし、無理してまでお店は開けない。それは道楽だと言われた事があるが、あれは、呆れていたのか、褒めてくれたのかどっちかなぁ…なんて夕子は時々思い出し

【ツバメroof物語③】(三人の半分フィクション半分ノンフィクション)/石井-珈琲係

そもそもツバメroofというお店が始まったきっかけはこうだ。 夕子とアイの亡くなった祖母の家が、数年間空き家だった所をドライブ中に祖母の近くのコンビニに寄ろうとなり、突然アイが『おばあちゃんちで何かはじめよう』と言い出した事だった。  それは『今日晩ごはん食べに行こう』くらいのノリだった。   今思い出してみても、その『何か』は、あまりに突然で誰も分かっていなくて、とりあえず『何か』だった。  分からないものを始めるのは、苦手だった夕子は、ハンドルを握りながらアイに『何

【ツバメroof④】(半分フィクション半分ノンフィクション)石井‐珈琲係

何かが何も決まらないまま、どんどん土壁は埃を舞き上げながら、パラパラと壊れていった。  あぁ…と思いながらも、もう止めるのは馬鹿らしく思えた。(第一穴はもう修復できるような大きさではない) 『夕子もやってみたら』とハンマーを渡された。ずっしりと重いのはハンマーか私の心か…。躊躇いながら夕子も壁をたよりなく叩いてみた。     コツン…パラパラ…と申し訳なさそうに土がこぼれていく。(私の心の響きの様)  同罪だ…と思ったが、やってはいけない事をやるというのは、子どもの頃障子に穴

【ツバメroof物語⑤】(半分フィクション半分ノンフィクション)/石井‐珈琲係

お茶を飲み終えて、何かが剥がれた夕子は、この場所が何かになる事に対して受け身で有ることに気がついた。  答えを求めても、だいたい瞬間的生物アイから返ってくるはずはないのだ。ナンセンスな質問だったんだ。  自分で考えて、答えを見つけ出せばいいんだ、と夕子はハッとして…そして呆然とした。  今回に限らず今までもずっと受け身だったかもしれない。楽しそうな事にすぐ首を突っ込んでいたが、それはいつも誰かが用意していたものだったかもしれない。   だけど、自分がどうしたいのか、さ

【ツバメroof物語⑥】(半分フィクション半分ノンフィクション)/石井‐珈琲係

 カフェ担当珈琲係(仮)というものの、珈琲の事はよくわからない。ただ唯一の救いは、珈琲が好きな事だ。よくカフェに行ったり、珈琲豆を購入したりしていた。     ヨシ!いける気がしてきた!(笑)  でも…逆光のカウンターで珈琲をにいれる湯けむりの中の寡黙なマスターを想像したが、到底無理な気がしてきた。珈琲薀蓄は言えないし、ちょび髭も生えてない。蝶ネクタイだって柄じゃない。  夕子は思考がぐにゃりと変換されたと思っていたが、やっぱりやる前に冷静さを失わない自分も嫌いではない。そ

【ツバメroof物語⑦】(半分フィクション、半分ノンフィクション)/石井‐珈琲係

 いつもは、喫茶室になっている10畳ほどの和室に案内された。ちゃぶ台の上には、カセットコンロ、あとは珈琲を淹れる時に必要な物がセットされていて、私達を待ち構えている。まず手書きのリーフレットで丁寧に説明を受けた。そして、お手本にと焙烙で生豆を煎り始めた。   しずくさんは優しい手つきで、静かに物を触る。それは流れるようで無駄のない所作だ。夕子みたいに全然ガサツじゃない。少し心配になってきた。 …が、ここは落ち着いたふりしていこう。   へぇ、珈琲豆ってこんな色なんですね

【ツバメroof物語⑧】(半分フィクション、半分ノンフィクション)石井‐珈琲係

 順番に手焙煎している間、市販の珈琲袋がちらちら視界に入る。私も時々購入するちょっと高めの珈琲袋。そんな私をよそに、しずくさんが、粗熱が取れた珈琲豆をゴリゴリとミルで挽いてくれた。  鼻の奥が広がる芳醇な香りは、焙煎時の香ばしさとは違った、深みのある香りだ。    そしていよいよ、珈琲を淹れる時が来た。一番重要だと思っていたが、なかなかこの時までも重要だった気がする。  しずくさんが、ケトルの細い口からお湯を注ぐ。全体に珈琲を湿らせた頃合いで、手を止める。煎りたての珈琲豆

ツバメ物語⑨/珈琲係-石井

 私は、しずくさんに珈琲のあれこれ教えてもらってから、俄然やる気に満ち溢れていた。  まずは焙烙、生豆を購入して、自主トレーニングをした。何度も焙煎したけど、真っ黒になったり、生焼けだったり、ムラがあったり。  良い頃合いを見つけられるようになってきた時、飲み過ぎでしばらく珈琲を身体が受けつけなくなってしまった。  全く欲しくなくなってしまった。あんなに好きな珈琲が飲めなくなったのか、と愕然…とはしなかったけど。  とりあえずしばらく飲むのは控えようと決めた。毎朝飲んで

ツバメ物語⑩/珈琲係・石井

ところで、お店づくりの工事は遅々として進んでいなかった。暇なのは夕子だけという日もあり、そうなると、建築士がいない一人ぼっちの現場で出来る事は掃除しかなかった。 オープンは当初の目標時よりすでに3か月遅れていた。私は、掃除するか、珈琲を焙煎するか、色々なお店に珈琲を飲みに行くか、という生活を送っていた。 内心はこのままオープンするのがまだまだ先になり、挙句の果てにはやっぱりオープンしない、という選択肢もまだ残っているのではないかという一抹の不安もあった。 そんなある日「

【ツバメroof物語⑪】/石井

イベント出店したことで、課題がいくつか見つかった。 初歩的な事なんだけど、お店にとって大事なチラシがなかった。 そして、その子さんは接客に慣れていないせいか、途中からぐったりしてしまった。 さらにアイは、接客に飽きてしまい、違う意味でぐったりして、座って珈琲を飲んでいる。 お店を始めるのに、大丈夫かこの状況。 とはいえ私も接客は、久しくしていなくて、決して得意とは言えない。 ただ、介護職経験と幼稚園勤務経験があるので、老若男女誰とでも会話はできる。 まさかこの職歴が活き

ツバメroof物語⑫/珈琲係.石井

 工事を進めながら、私は調理師免許の勉強も進めていた。(愛に「取り」って言われた)学生時代は苦手だった勉強も、目的と興味があれば出来るもんだなと思ったけど、年齢的な問題で脳内にはなかなか知識が蓄積されなかくて、ややこしい横文字に苦戦した。  工事の中で何が一番大変だったかというと、綿壁を剥がす作業だったに違いない。キラキラのラメが入ったあおさのりみたいな綿壁を、霧吹きで湿らせてから、ヘラや下敷きでこそげ落として行くという、途方もない作業。地味な上、埃まで舞う。    三和土